今や大きな旅の目的のひとつにもなり得るサウナ。一度ハマると、もう大変。だってサウナは日本国内のみならず、世界中に溢れている。そんな未知なるサウナを求めて旅するのは、自他ともに認める生粋のサウナ狂、清水みさとさん。時間さえあれば(いやなくても)そこにサウナがある限り、臆することなく世界のどこかへ飛び出していく。そんな清水さんが出会った人びと、壮大な自然、現地独自の文化など、サウナを通して見えてきた世界のあれこれをお届けする連載です。 vol.13はスロバキアの話。
Photo&Text:Misato Shimizu
大学の中に、サウナ。初めてのスロバキアで、わたしはまた出合ってしまった。
ウィーンから車で45分。国境を越えた実感のないまま、スロバキアの首都、ブラチスラバに着いた。
ヨーロッパ調の石畳や歴史的建造物のあいだに、社会主義の名残のような、少しさびしげな建築が顔を出す。なんだか、過去と現在が同じ歩幅で並んでいる街に見えた。
ビールは0.5ユーロ、日本円でおよそ100円。スロバキアワインもとことん安い。ユーロ圏でこんなに物価が安い国は初めてだった。
そんなブラチスラバでGoogleマップを開き、いつものように「SAUNA」と検索すると、どう見ても大学の敷地内にピンが立っている。一瞬、地図がバグったのかと思ったけれど、拡大しても、引いても、そこはやっぱり大学だった。
スロバキア工科大学の中に、サウナがある。その名は〈SAUNA LUBO〉。学ぶ場所と汗をかく場所が同じ延長線上に並んでいて、その距離の近さに思わずキュンとした。
サウナを目指して大学へ向かうと、小さな看板は出ているものの、そこから先の行き方がまったくもってわからない。入口にはゲートがあるし、カードがなければ入れなさそうだった。
近くにいた守衛さんに声をかけてみたけれど、スロバキアの母国語はスロバキア語で、英語を話せるのはだいたい若い人らしい。サウナに行きたいという気持ちは伝わったものの、そこから先の案内は、どうにも難しそうな空気が漂っていた。
これで入れなかったら、ちょっと泣く。そう思いながら、どうしよう、どうしようと心の中で足踏みしていたら、これからサウナに向かう常連らしいおばあちゃんがちょうどよく現れた。耳に入ってくるスロバキア語は、何が何だかわからなかったけれど、それでも「この子、サウナ行きたいみたいなんだけど」、そんなニュアンスのやりとりが交わされているのが、なぜだか伝わってきた。
するとそのおばあちゃんが、にこっと笑って不器用そうに「Follow me.」と言った。
その一言が、短くて、頼もしくて、英語だったことに心の底からほっとして、わたしは言われるがまま、小判鮫みたいに歩いた。
廊下には「SAUNA」の標識が点々とつづいているけれど、どれもこれも小さくて、初見でここにたどり着くには、かなりの想像力が必要そうだった。
学生たちの流れのなかを、これからサウナへ向かう2人が歩いている。そのちぐはぐさがなんだかおかしくて、日常と非日常のあいだをたどっているようだった。
階段を降りて地下へと進み、体育館の横を抜けた先に、何事もないような顔をして、サウナがあった。
ああ、ここではこれが特別なことではない。探すほどでもなく、生活のつづきとして、ただ置かれている。
そんなことするから、もう大好きなんだよ、サウナ!って、ラブな想いがとめどなく溢れて、「好き」って思考じゃなくて反射なんだなと、妙に悟った顔をしたわたしの横で、おかまいなしに、おばあちゃんがサウナの扉を開けた。(一人で興奮)
サウナは14時オープンで、わたしがついたのはたったの10分後なのに、すでにおばちゃんが5人いた。早いというより日常で、その後もおばちゃんは増えつづけ、14時半には満員御礼になっていた。
軽く90℃はあるサウナ室。普段は男女共用で裸で入るのが当たり前だけど、今日は週に2回のレディースデー。裸に抵抗なく入れてラッキーと思っていたら、英語のおばちゃんが「学生?」と声をかけてきた。
「ノー」と答える。するとやっぱり次にくるのは、「何の仕事をしているの?」という至極真っ当な疑問。
わたしはいまだに、自分の肩書きがよくわからない。タレントとか、モデルとか、そう言えばいいのかもしれないけれど、自分の口から言うのは日本にいても気恥ずかしい。
それに、英語で「タレント」という職業は通じないし、説明するのも少し面倒なので、いつもと同じように「トラベリング」と答えた。
嘘じゃないし、それでいい。会話のキャッチボールはできていないけれど、照れくさい気持ちには、いちばん近い言葉だった。
おばちゃんたちにおだんごヘアを指さされて、「かわいい」と言われているのがわかった。英語のおばあちゃんが、「キュート」と短く翻訳してくれたからだ。
髪の毛をくるっとまとめるジェスチャーをして、10秒、と両手を広げる。「すごいでしょ」みたいな顔をしてみたら、もっと大きな「すごい」の顔が返ってきて、みんなで笑った。
あっという間に10分くらい経っていて、わたしの耳は真っ赤っか。汗はもう際限がないし、そろそろ水風呂の出番である。
小さな浴場のど真ん中にある大きな水風呂は、9℃。
これ、大学の中にあるんだぜ……?って、内心のドヤ感と高揚感が同時に押し寄せて、ととのいの沸点は一瞬で振り切れた。
その後もおばちゃんたちに紛れて90分間、みっちりサウナを堪能し、みんなに手を振り、番台のおじちゃんにグーサインをかまして外に出た。外は寒くて、気温は2℃。きりっとした空気に触れて、一気に目が覚める。さっきと、こことが明らかに別世界で、なんだか浦島太郎の気分だった。(もしくは夢)
新しい自分、なんて言うとさすがに大げさに聞こえるかもしれないけれど、それでもちょっとだけ、世界と自分の接続が更新された気がした。
大学の中にサウナがある。
こんなパワーワードは反則だし、こういう出会いがあるもんだから、世界のサウナ巡礼はやめられない。底なし沼だとわかっていても、視線はもう、次の湯気のむこうにある。(懲りない!)
俳優/タレント
清水みさと(しみず・みさと)
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。
日本や世界中のサウナをめぐるサウナ狂としても知られ、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(AuDee/JFN全国21局ネット)のパーソナリティーを務めるほか、るるぶ「あちこちサウナ旅」、サウナイキタイ「わたしはごきげん」、リンネル「食いしんぼう寄り道サウナ」、オレンジページ「本日もトトノイマシタ!」など多数の連載を担当する。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー』など舞台でも活躍中。