なんだか最近、胃もたれしたり、お酒に酔いやすくなったり、肌荒れしたり......日々の体調がどうにも整わない! そんなとき、薬草カルチャーが根付く飛騨の人が秘密の蔵に招いてくれた。薬草で身体を整える、とある一日。
Photo : Momoka Omote
text:Maki Tsuga(TRANSIT)
30歳を過ぎると、もはや体調が悪いのがデフォルトで、栄養ドリンクやサプリメントや漢方や、健康によさそうなものたちが気になってくる。そんな話を友人としていたときに、だったら地元に来てみて!と誘われた。友人は岐阜の飛騨市役所で働いているのだが、職場に薬草の達人のような人がいるという。
「のどの調子が悪い」「二日酔いが……」「熱っぽい」「乾燥して手が荒れる」という不調を話していると、すっとお手製の薬草シロップや薬草オイルを差し出して、産業医のように「これ試してみて」と声をかけてくれるのだそう。なんとも羨ましい話じゃないか。なんでも、その人の家の蔵には薬草のお宝がたくさん眠っているという。心身を整えるべく、飛騨を訪ねることにした。
岐阜県飛騨市は東京23区がまるごと入るほどのサイズ。その面積の約9割が森林だという。市内には245種以上もの薬草が自生していて、昔から庭や山で薬草を採集して薬代わりにしていたという。
早速、薬草が好きすぎる飛騨市職員の中村篤志さんのお家にお邪魔することに。中村さんのお家は飛騨古川駅から徒歩圏内の街中にあって、昔ながらの町屋造り。玄関を開けると、長い土間がつづく。京都の街中と同じように、昔は表通りに面した間口の広さで土地代が決まっていたために、こうしたうなぎの寝床の形態になったという。手前に客間と二階につづく階段があって、そのまま1階の土間を通り抜けると、台所と居間があり、さらにその奥に噂の土蔵があった。昔は火事が多かったため、町中の家はこうして土蔵を造って火から家財道具を守ったという。
蔵の中には、謎の液体が入った瓶がずらり! 薬草酒のバーのようだ。中村さんのお母さんもお祖母さんも薬草を使ってきた人で、小さい頃から薬草が身近にあったという中村さん。自然と薬草の使い方を覚えて自分でも試すようになっていたそう。ほかにも、熊本の崇城大学の薬学部教授を務めた故・村上光太郎さんや飛騨に住む塚本夫妻など、薬草に詳しい人のもとを訪ねて薬草使いを学んできたのだそう。
大量の瓶を前にして、中村さんに身体の不調を相談してみた!
中村「それなら、まずはカリンのはちみつ漬けがいいでしょう。甘くて飲みやすいですよ。友人の家で採れたカリンをもらってきて漬けたものです」
恐る恐る、カリンのはちみつ漬けのシロップをいただく。お、おいしい! ほのかなカリンの香りとハチミツの甘み。喉が痛くなくても飲みたいくらいだ。
中村「もっと喉の痛みが辛いときや咳がでるときは、ナンテンもいいですよ。ほら、カリンもナンテンも市販ののど飴があったりするでしょ? ナンテンは赤い実のなる植物で、『南天』と書くけど『難を転じる』という意味にもとらえられる縁起のいい木とされてよく庭に植えられたりしているから、きっと見たこともあるんじゃないかな。ちょっと味にはクセがあるんですけどね」
そうやって差し出されたナンテンのお酒をひと口いただく。これは……苦みと渋みがあって薬っぽい味。南天にはo-メチルドメスチシンという成分が含まれていて、その成分には咳込みやすさを鎮めて、殺菌作用で喉の炎症を抑え、喉の痛みを抑える効果もあるのだという。ただしアルカロイドという成分も含むので大量摂取は避けること。といっても、これだけ苦いと少しずつしか飲めないかも。
中村「そんなときはナツメがいいですよ。飛騨ではナツメを甘露煮にして食べることもあって、馴染みのある木の実なんです。気持ちを落ち着かせたり、鉄分も含んでいて貧血にもいいとされていて、女性におすすめですね。花粉症やアレルギーといった、過敏に反応してしまう状態を抑えたいときによいとされています」
ナツメのお酒をいただく。そこまで味は強くなく、ほんのりとした甘み。参鶏湯や火鍋など、韓国や中国では食材としても身近なナツメ。漢方では、貧血予防、血流促進、抗アレルギー作用があるといわれる。さらには精神安定にもよいとされていて、不眠症状の改善にも使われている。健康だけでなく美容にもよく、その昔、中国の絶世の美女・楊貴妃は、毎日3粒のナツメを食べていたとも。鉄分のほかにも、抗酸化力のあるポリフェノールや、肌や髪を美しく保つ効果のある亜鉛や葉酸も含んでいる。
中村「不眠や元気を出したいときはクワがいいといわれています。ほかにもクワは補血によいとされていたり高血圧の抑制になるともいわれてますね」
薬草には、葉酸、亜鉛、カルシウム、マグネシウムといった現代人が不足しがちなミネラルが含まれていて、継続して摂取することで身体を整えてくれるといわれています。
中村「クズは飛騨の人にとても名前が知られている薬草かもしれません。飛騨には酒造もあるし、お酒好きな人も多いし、酒の場も多い。そんなときにみんなが飲んでいるのがクズの花の粉末。お酒を飲む前、飲んでいる間、飲み終わった後に3回飲む人もいます」
クズの花のお酒をひと口いただく。しっかりした甘みのなかに酸味があって、甘い梅酒のような味。ポリフェノールとイソフラボンを含んでいるという。クズの花には肝臓を助けて分解を促す効果があるとされていて、お酒だけでなく脂肪対策にもいいのだとか。
クズは繁殖力が高い植物で増えすぎると取り除くのが厄介な面もあるけれど、実は葉っぱ、花、根っこまで使えて、その名前に反して捨てるところがないほど役立つ植物だ。とくにクズの根は、風邪のひきはじめによく飲まれる漢方薬の「葛根湯」にもなるし、根からつくった葛粉は「くず餅」にもなる。
中村「メナモミの葉は神経系に作用して、手足のしびれにいいといいます。あとは血液の流れをよくする効果もあるといわれていますね」
メナモミのお酒は苦みの強い味。リウマチ、動脈硬化、手足のしびれや麻痺がある場合にも、用いられてきたという。
中村「また旅をしたくなるくらい元気になる、そんなことから名付けられたのがマタタビです。身体をあたためる効果があって、苦くてミネラルたっぷり」
マタタビ酒を少しいただく。たしかに苦い。猫が虜になる植物として知られているマタタビだけれど、人間にも血行促進、食欲増進、疲労回復などに効果があるとされてきた。マタタビの葉は初夏は白くなるので、森の中にあっても目立つ。
ここで紹介したのはほんの一部。まだまだ、ドクダミ、ヨモギなど、いろんな薬草酒やシロップが中村さんの家の蔵で出番を待っていた。
大まかな薬草の活用方法は、採集したら、水洗いして汚れを落とした後、瓶に入れて砂糖漬け、ハチミツ漬け、ホワイトリカー漬けにしていく。植物にもよるけれど、大体、3カ月〜1年以上漬けてから使いはじめるという。
日本のどの地域でも古くから伝わってきた薬草の知恵。場所によっては、位の高い宮中の人やお殿さまの病を治すためにと、薬草の知恵が発展してきた場所もある。それに比べると、飛騨の場合は野山が近くにある土地柄、庶民の人たちが昔から現代にまで薬草の知恵を伝えてきたようなところがあるという。「市長も、最近クズとクワを飲んでいるって言っていたな」と話題にのぼるくらい、薬草は身近な存在だ。
実は街としても「飛騨市薬草ヴィレッジ構想推進プロジェクト」を掲げていて、薬草カルチャーを発信する施設〈ひだ森のめぐみ〉もある。そこでは薬草にまつわるワークショップを開催していたり、自分で採集した薬草を持ち込んで、有料で乾燥加工、粉末加工、圧搾加工をすることができたり、薬草の苗やハーブティーを購入することもできる。ほかにも、街中のカフェでは、地元でおなじみのクロモジやメナモミを使ったスイーツやドリンクをいただくことができる。薬草は昔ながらのもの、扱うのにひと苦労するんじゃないか、そんなハードルの高さを感じていたけれど、飛騨にいると現代の暮らしにも取り入れたくなってくる。
飛騨市を訪れ、薬草カルチャーに触れて、自然の知恵を取り入れた生活をしてみては?