手仕事が残る岡山・倉敷で、イグサ職人をしている須浪隆貴さん。須浪さんの工房のまわりには、国内外から蒐集してきた民藝品や民具から得体の知れないものたちが並ぶ。それがまた異様でいて美しい。いったいどこで出合ったの? どうやって選んでいるの? なぜ集めるようになったの? 日本の民藝の世界にいる須浪さんに、世界の民藝について話を訊いた。
Photo:Ryuki Sunami Text:Maki Tsuga(TRANSIT)
以前、瀬戸内の取材でイグサ職人の須浪隆貴さんを訪ねたことがあった。
→「瀬戸内の友だちと、一周ドライブ。岡山編/倉敷、民藝の今昔を訪ねて」をよむ?
須浪さんは倉敷の伝統産業のイグサの家業を継いで、イグサで手提げカゴや瓶入れのカゴ、鍋敷きをつくっている人だ。
© Momoka Omote
倉敷の田んぼのなかにある須浪さんの工房を訪れて驚いた。
家の前には大人ひとりが丸ごと入れそうな水甕が数十と並んできて、工房の中に一歩入ると、仄暗い納屋の中央に巨大なイグサ織り機が鎮座。その機械を囲むように、壁には蓑がいくつもかけられている。
© TRANSIT
そのもの一つひとつが纏う空気、異様な存在感。どこからやってきたのだろう。用途がわからないものもある。それでも、どの品にも凛とした佇まいがあるところに、須浪さんがつくるものに通じる美を感じる。日本の民藝品も、世界のものもあるという。
いったい、いつから蒐集するようになったのだろう?
須浪
イグサ編みを仕事としてやりはじめた10代の頃から、古道具市や蚤の市に出かけて蒐集するようになりました。編む仕事をしているので、民藝品でいうとカゴ、ゴザなんかに目がいきます。民具の蓑を集めているのも編組品だからですね。
地元の倉敷には、倉敷民藝館というのがあって、そこには国内や世界各地の民藝品がたくさん展示されているんです。昔も今もよく民藝館に行くんですが、そこに展示されている世界の民藝品と同じものを旅先で見つけると、うれしくなって買って帰りますね
民藝品や民具を蒐めるようになったのは手仕事の世界に入ってからだけど、須浪さんの蒐集癖の根っこには、子どもの頃から慣れ親しんでいるゲームにあるのだとか……。
須浪
蒐める楽しさは、ポケモンから学びましたね。あのゲームは『蒐集と交換』がテーマだと思っていて。育てて戦わせるのもいいんですが、僕はあまり対戦しないで集めることに専念していましたね。ゲーム内だけじゃなくて、ポケモングッズを集めるのも好きで、プロダクトの造形、かわいらしさ、出来のよさみたいなものを追求するようになりました(笑)。
そんな須浪さんの蒐集してきたものを通して、世界の民藝の話を訊いてみた。
須浪
東京の〈市川籠店〉の店主から、「世界カゴ編み大会に参加しませんか?」と誘われて、2019年にポーランドに行ったんです。
須浪
ポーランドはカゴ編みの文化が残っている国で、とくにこの「世界カゴ編み大会(World Wicker and Weaving Festival)」の開催地になっているNowy Tomyśl(ノビ・トミシル)は、街なかに教会がありつつ一歩外にでたら田園風景が広がるような田舎街なんですが、ビール造りに使うホップ栽培が盛んで、そのホップ拾いにカゴを使っていたらしいんですよね。そんなことから、世界カゴ編み大会をポーランドでやっていると聞きました。
会場には世界のカゴ職人が集結。
須浪
お祭りは2、3日あるんですが、参加者は素材を現地に持っていってその場で編んで、完成品を審査員に渡して、賞が与えられるコンテストがあるんです。それだけじゃなくて、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、ラテンアメリカから編組品の職人が集まって、商品をその場で購入できたり、フードトラックが出たりもするので、カゴに興味がある人もそうでない人もお祭り感覚で参加できる、のどかなイベントなんですよ。そのときに購入したものを中心に、いくつか世界の民藝をお見せしますね。
須浪
片側が平面になっていて、自宅では壁に掛けて、新聞や縄跳びの縄を入れたりしていて、家の外と中の中間の場所に置いてます。
もともとジャガイモの収穫カゴとしてつくられたもので、カゴの底に足が3つ付いて浮かせることで、風通しをよくして農作物を痛みにくくしているんですよね。
素材は皮付きのウィロー(ヤナギ)。ウィローって優秀なんですよね。日本の素材でいうとアケビに近いですね。ポーランドもそうですが、フランス、ドイツといった欧州諸国でよく使われる素材なんです。
なにが優秀かといえば、粘りがある素材だから、どんな形にもなりえて、編みやすい。それに乾燥にも強い。樹皮の種類によっては、一度乾燥するヒビ割れて元に戻らないものもあるけど、ウィローは弾力があって戻りやすい。僕も地元の倉敷にウィローがあったら、これを使うな(笑)。
世界から見たときの日本の編組品って、いろんな素材を扱っているなと思います。それは多様な素材が手に入るというのもあるし、それを使おうとする自由さがある気がします。僕はイグサを扱ってますが、岡山の県北へ行くとガマで編んだりもしてますね。
須浪
ヘーゼルナッツ(セイヨウハシバミ)の木の枝や幹の部分を使っていて、キノコを採集するのに使うと聞きました。もともと倉敷民藝館に展示されているのを見ていて、カゴ大会で同じものを見かけてうれしくなりました。
持ち手とカゴの接合部分の編み方がすごくよくて。自分でも真似してイグサで編んでみたけど、イグサは柔らかい素材なのでこのリトアニアのカゴのように持ち手を固定する必要がなくて、自分の製品には不向きな編み方なんだなとやりながら気がつきました(笑)。
自宅では、イグサの紐の束を入れて使っています。天然素材のカゴって、通気性があっていいんですよね。僕はイグサ編みの作業をするときに、イグサの紐を水で濡らして柔らかくするんですけど、濡れたイグサ紐をプラスチックのカゴに入れると、ムレて傷みやすくなるんですよね。でもこうした植物素材のカゴは、接面からも水分をやさしく吸って吐き出すことができて通気性がいい。カゴも、中に入れたものも、すぐ乾くし、傷みにくいんです。
須浪
竹のような笹のような、硬めのアシで編まれています。ポルトガルでは、この中にタコを入れて運ぶと聞きました。逃げないように蓋もついているし、アシは水生植物なので水っぽいものを入れても傷みにくいのだと思います。
僕は街に買い物に行くときに、よくこのカゴを使いますね。玄関先にカゴがいくつか置いてあるので、そのうちの一つを掴んで、カゴの中に財布やケータイを入れて外出します。変わった形状に見えるかもしれないけど、実は西洋民藝ではポピュラーなもの。「バーキンバスケット」とも呼ばれていて、ジェーン・バーキンもこれにバゲット入れてパリを歩いていたりする写真が残っていますよ。
須浪
カゴ大会のアフリカからの出店者から買ったものです。ブルキナファソの帽子で同じようなものを見たことがあるので、ブルキナファソのものかなと思いつつ。売っていた人はガーナ人っぽかったな。頭頂部や縁の赤い部分や首に引っ掛けるコードは皮でできていて、それ以外はストローで編まれている。
僕はイグサ編みだけでなく米農家もやっているので、草刈りしたり、田植えや収穫作業するときに、よくこの帽子を被ってます。
須浪
僕がイグサカゴをつくって民藝に触れるようになった頃に、取引先の民藝店の人からいただいたものです。
カゴもいいんですが、僕は編組品のなかでも団扇や敷物といったものも好きなんですよね。というのも、団扇、箒、敷物は消耗品だったりもするので、樹皮や蔓や竹のような固くてしっかりした素材のものよりも、草っぽい身近な素材が選ばれることが多いんですよね。僕がふだん扱っているイグサも草に近いので、親しみがあるんです。
それでいうと、このメキシコの団扇はヤシの葉っぱでできています。網代編みになっていて、慣れた人にとっては簡単な編み方なんです。その力の抜き加減がものすごく僕好みです。この団扇は炭や火に向って仰ぐ用途のもので、暑いときにときどき自分に向って仰いでみるけど、うまく風が起きなくて……また定位置に戻すという感じで使っています。
須浪
ヤシの木の繊維で編まれていて、だいたい120×70cmほどの大きさです。2、3cmほどのしっかりした厚みがあるので地面に強いて上に座っても痛くない。裏側は切りっぱなしで粗雑ではあるけど、これはこれでいいなと。ロール状に畳めるようになっています。サウジアラビアでは床に敷き詰めて使うものだと聞きました。僕は土間に敷いて、その上に器などを載せています。
倉敷がイグサのゴザづくりで有名だったこともあって、僕は敷物が好きなんですが、世界の敷物をずっと調べていたときに、サウジアラビアの敷物というのをネット上で見つけて、ずっと気になっていたんですよね。
ただ、なかなか現地に行けないし、入手するのも難しいなと思っていたんですが、東京の松屋銀座の「手しごと展」に出店していたときに、そこにサウジアラビアの方が来て、僕に話しかけてくれたんです。「石油の国の印象が強いかもしれないけど、私の国にも手仕事があって、それを残したいんだ」と彼女は言っていて。それで仲良くなって、岡山に遊びに来てもらったり、そのお返しといってはあれですが、彼の親戚からこの敷物を送ってもらったんです。そんな物々交換みたいな物との出合いも多いですね。
© Momoka Omote
ふだん、日本の民藝の只中にいて、自分でも旅先の民藝品を蒐集している須浪さん。もともと「民藝」は思想家の柳宗悦が生み出した造語で、「民衆的工芸」から来ている。では、それを世界の民藝に置き換えたときに、どんなものが当てはまるのか……。そう考えると、日本で民藝と呼ばれるものよりも、定義はより曖昧になるかもしれない。そこで須浪さんに訊いてみた。須浪さんが思う「世界の民藝」ってなんだろう?
須浪
その土地のカタがあるもの、じゃないですかね。日本でも海外でも自分が住んでいる土地から離れて旅先に行くと、「こんなもの食べるんだ」「こんな動作をするんだ」「こんな素材が採れるんだ」という発見がある。モロッコのクスクスの茹で方だって、僕には新鮮だけど、現地の人にとってはふだんの暮らしの一部ですよね。
その場しのぎではなく、一人の職人が自力で考え抜いたものというのでもなく、先代から親、子ども、さらにその孫へ……何代も積み重なって、風土が生み出したかたち。
僕がつくっているイグサ編みのものも、地域と先祖代々の授かりものだなと思っています。
© Momoka Omote
須浪隆貴(すなみりゅうき)
1993年岡山県生まれ。1886年創業、倉敷市でイグサ製品をつくる〈須浪亨商店〉の5代目。イグサ職人だった祖母に幼少期から編み方を教わる。
1993年岡山県生まれ。1886年創業、倉敷市でイグサ製品をつくる〈須浪亨商店〉の5代目。イグサ職人だった祖母に幼少期から編み方を教わる。