連載:NIPPONの国立公園

悠久なる火山と湖に抱かれて

National Parks of Japan.

連載:NIPPONの国立公園

阿寒摩周国立公園(前編)
悠久なる火山と湖に抱かれて

TRAVEL & THINK EARTH

2025.03.21

5 min read

阿寒・摩周・屈斜路の3つの湖が広がる阿寒摩周国立公園。
はるか昔の火山活動によってつくられたカルデラ地形はその中で遊ぶ人をおおらかに迎え、人と自然のあり方を教えてくれる。


北海道の阿寒摩周国立公園への旅を前編「山を滑り、川を下る」、後編「自然の時間と人間の時間」に分けてお届けします。

Photo : Eriko Nemoto

text= Yuriko Kobayashi  cooperation= Tomoki Kokubun, Junki Yarinome, Kawayu Visitor Center

「今年は雪が少ないよ」と、飛行機で隣り合わせた地元の人が言っていたけれど、実際、摩周湖を抱く山々は美しく雪化粧していた。随分前に写真で見た、白い山々に抱かれた湖。紺と藍の中間のような水の色はこれまで見たどんな青より美しかった。その風景が冬の摩周湖だと知って、いつか雪の時期に訪れたいと願ってきた。風のない晴れた日で、摩周湖の湖面には摩周岳が映る。アイヌ語で「カムイヌプリ(神の山)」と呼ばれる摩周岳。かつてここに暮らした人びとがその山に神の存在を感じたのは、こんな冬の日だったかもしれない。スノーシューがないと膝まで埋まるほどの雪の中、山道を歩く。見る角度が変わると湖面への光の当たりかたにも変化が出て、ひとときとして同じ色がない。高い場所に立つと、この湖が完全に山に囲まれていることがわかる。摩周湖は噴火によって山体が崩壊してできたくぼみに雨や雪解け水が溜まってできたカルデラ湖なのだ。

摩周岳に守られるようにある摩周湖。周囲は急峻な崖に囲まれ、人が湖にアクセスできる岸はない。

「摩周湖は世界有数の高い透明度を誇ります。水深は212mと日本で5番目に深い。あの美しい青は、その透明度と深さのおかげなんです」と教えてくれたのは、阿寒摩周国立公園の東側にある摩周エリアの自然を案内する「川湯ビジターセンター」センター長の安藤心しんさん。海や湖では水深が深くなるほど赤色に近い光は吸収され、青い光だけが残る。急峻な崖に囲まれた摩周湖には流れ込む川も流れ出る川もないことからプランクトンが少ない。不純物が少ないほど太陽光は湖の深いところまで届く。あのどこまでも美しい青色は、そうして生まれるのだという。

一日で雪景色へと変わった釧路川源流。モノクロームの世界も美しい。

前夜に積もった雪が翌日の寒さで結晶化し、鳥の羽のような形をつくる。いくつかの気象条件が揃ったときにだけ見られる美しい自然の造形。

「摩周湖ができたのは約7000年前。地球の歴史から見るとついこの間のことで、外輪山はまだまだ急峻です。隣の屈斜路湖もカルデラ湖ですが、カルデラの誕生はおよそ12万年前。雨や風雪によって徐々に外輪山が削られてなだらかになりました。カルデラの一部が決壊してできたのが釧路川です。これから何万年先には摩周湖から流れ出る川もできるかもしれませんね」と安藤さん。「摩周エリアはトレッキング、カヌー、スキーなどさまざまなアクティビティを楽しめますが、それも個性豊かな山と森、湖をつくるカルデラ地形のおかげ。火山を中心にどんなふうにこの土地の自然ができたのかを知ると、外遊びがいっそう楽しくなりますよ」と送り出してくれた。

雪に覆われた釧路川源流部の木々は砂糖菓子のように真っ白に。

山を滑り、川を下る。

待ち焦がれた雪を見上げる國分知貴さん。「雪の日のカヌーは敬遠されがちだけど、ぜひ体験してほしい」。

「あの尾根まで登ると屈斜路湖が見えますよ」。そう言いながら雪の斜面を登っていくふたりの背中を追いかける。國分知貴さんと鑓野目純基さんは阿寒摩周国立公園の中にある弟子屈町に暮らし、カヌーなどの自然ガイドを通じてこの土地の自然のおもしろさを発信している。地元ガイドのなかでも山、森、川、湖とシームレスに楽しむふたりとなら、自然を丸ごと感じられるかもしれない。そんな直感から「カルデラがつくった自然を楽しみ尽くす」というテーマでガイドを頼んだ。
 
1日目は屈斜路湖の外輪山である標高約1000mの藻琴山に登り、スノーボードで山を滑る。予告通り、尾根に出ると屈斜路湖が見渡せ、知床の斜里岳も見えている。北海道のなかでも雪が少ない摩周エリア、1月下旬でも雪の上に木や笹が出ていて滑りづらそうだが、ともに道東出身のふたりは嬉々として滑る斜面を探している。「雪質の面 では劣りますが、こんな絶景を見ながら滑れるのはこの土地ならでは。最高に気持ちいいロケーションライドですよ」と鑓野目さん。安藤さんの解説通り屈斜路湖の外輪山は摩周湖より穏やかで、湖に寄り添うようにのびのびとした斜面が広がる。木々の間を縫って滑り降りるふたりを尾根から見ていると、その姿は湖と山の一部になったようで、「バックカントリー=怖い」という印象が変わった。おおらかな自然の中で自由に遊ぶ。それ以上に楽しい自然との付き合い方は、きっとない。

藻琴山の尾根から滑る斜面を探す。後ろには大きく知床の斜里岳が見える。

鑓野目純基さんのスノーボードは北海道産の銘木を使って一枚ずつ手作りされる〈MOSIRITA〉のもの。

翌日は今年に入って一番の雪となった。こんな雪の中でカヌーなどできるのかと心配していたが、國分さんと鑓野目さんはまたしても嬉しそうに釧路川の源流となる屈斜路湖にカヌーを下ろしている。川に出ると森の木々はすべて白に覆われ、絶え間なく降る雪が湖に吸い込まれては消えていく。「雪と一緒に音も川に吸収されるみたいで静かでしょう」と國分さん。聞こえるのは川の流れとパドルが水にあたる音だけで、これほどの静寂を初めて体験したことに気づく。途中、川底から水が湧き出る場所があって、そこをふたりは「鏡の間」と呼んでいるのだと教えてくれた。

カヌーで湖へ出る前に、釧路川と外輪山の水の流れを地図で解説。

「この水は屈斜路湖の外輪山に降った雨や雪が地下水になって湧き出したものです。山から屈斜路湖に流れ込む川は30以上ありますが、流れ出るのは釧路川だけ。山から屈斜路湖に入った水も釧路川となって海へ注ぐ。昨日僕たちが滑った山の雪も、いつかこの川の一部になるんです」という國分さんの言葉を聞いて、なぜふたりが初日に山を滑ろうと言ったのかがわかった。彼らは山と屈斜路湖、そして釧路川のつながり、目には見えない水の旅を感じてほしいと考えていたのだ。

ライダーとしても活動する網走出身の鑓野目さん(左)と中標津出身の國分さん。夏はカヌー、冬はクロスカントリースキーなどのガイドをし、写真家としても活躍。

先を漕ぐ國分さんがパドルを動かす手を止めて空を見上げる。一緒にカヌーに乗ってくれた鑓野目さんは「やっと雪が降って嬉しいんだろうね」と笑って、「僕たちにとって雪は、美しさや静けさ、冬だけの遊びをもたらしてくれるもの。待ち遠しくて、嬉しいものなんです」と話してくれた。湖に薄く張った氷や、足元にびっしりと広がる雪の結晶、木々を白く彩る霧氷、思えばふたりは、凍てつくような寒さがつくる美しい造形に目を見張り、そのたびになんともいえず満ち足りた顔をしていた。以前本で、極北に暮らすイヌイットは雪にまつわる言葉をたくさんもつという話を読んだ。あるいは彼らもまた、私たちが「雪」や「氷」という言葉で括ってしまう風景の中に、数えきれないほどの形や色、匂いを感じているのかもしれない。そんなふうに自然を捉えることができるのは、なんて豊かなことだろう。

川の上で熱いコーヒーとおやつを出してくれた。パドルをトレーにするのがカヌーイスト流。

本記事はTRANSIT67号より再編集してお届けしました。

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北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
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