連載|花梨の旅のスケッチブックvol.1

アンリ・ルソーと私とバリ

Destination:Bali, Indonesia
Artist:Henri Rousseau

連載|花梨の旅のスケッチブックvol.1

アンリ・ルソーと私とバリ

People 花梨

TRAVEL

2026.03.21

9 min read

アーティストでありモデルの花梨さん。旅が好きで、各地で拾い集めた光景を、絵、写真、言葉にしてスケッチブックに書きつけ、コラージュをとおして自分の世界を創る。旅の手がかりのひとつが、先人の作家たち。この連載は、そんな花梨さんとアートをめぐる”旅のスケッチブック”。

今回は、アンリ・ルソーが描いたジャングルを探し求めて、インドネシアのバリを旅した。ちょっとした勘違いから始まった旅は、どこへ向かうのか。

勘違い

7月、インドネシアのバリ島の空港を出ると、期待通りのモワっとした空気と熱い日差しが目に飛び込む。気温は26度、気持ちがいい。7月は乾季にあたり、バリのベストシーズンだ。
今回の旅のいちばんの目的は、ウブドのジャングルを見に行くことだった。フランスの画家アンリ・ルソーが理想の地としていた、という話をどこかで耳にしたからだ。私は、彼のシュールな違和感を持つの絵のタッチが大好きだったのでとくに深く調べることもないまま、「彼が見ていた風景を私も見てみたい。」と思い立ち、その勢いのまま、気づけば一週間後にはバリ行きの航空券を取っていた。

チェックインが終わり搭乗口のソファーに座って調べていると、実際のところルソーは生涯ほとんどフランスから出ておらず、パリの植物園に通いながら想像力でジャングルを描いていたのであり、あれはウブドではなかったことを知った。
 
とんだ勘違いである。しかしルソーとバリを結びつける画家が一人いることを知った。アンリ・ルソーに影響を受けた、ウォルター・シュピースというドイツ出身の画家で、バリアートの基盤をつくった人物だという。彼の絵を見ると、ルソーと比べて写実的で幻想的な描写で、どこか静かな空気が流れている。私は、二つの絵を見比べながら自分がバリでどう感じるのかとても楽しみになったのだった。

チャングー散策

バリに着いてまず、今アップカミングだという島の南西部のチャングーエリアに向かった。宿に向かう途中、建物の入り口に置いてある椰子の葉の器に花などが入っているチャナンサリというお供物が目に飛び込んでくる。走っているバイクのハンドルなどにも吊り下げられている。ここには日常に信仰があり、(別の信仰をもつ人もいると思うけれど)精神的な絆によって生まれる大きな力がこの島には根づいている。

ホテルでチェックインを済ませ、現地のバイクタクシーでビーチクラブに向かう。バイクタクシーで10分、170円。安い。海の目の前のプールで泳ぐと、体を固めていた一つひとつの糸が水の中に溶けて、身体がほどけていく。果てしなく広がる海と空を眺めながら、地球でただ一人でいるような感覚にしばらく浸った。東京でバラバラになっていた自分の体が私のもとに戻ってくる。

ビーチクラブから街のほうに歩くと、活気のある洒落ているレストランがいくつもあり、私はその一つに入ってカクテルを頼んだ。しかしこのエリアには、ほとんど現地の人の姿が見当たらないことに気づく。私が出会ったバリの人といえば、タクシーの運転手とお店の人くらいだ。観光客で賑わうこの場所は、旅人たちが持ち込んだ美意識とバリの文化が混ざり合い魅力的な一方で、観光客と現地の人びととの距離もまた、どこか遠い。

Beach House at Regent Bali Cangguから見た夕日。

ウブドとシュピース

3日目の朝、バリ島中部にあるウブドに到着した。ウブドでは3つのヴィラだけで構成された小さなホテルに泊まった。オーナーがスリランカにあるジェフリー・バワ建築に影響を受けて建てたという。私は、思い切って一番大きな一棟貸しのヴィラに泊まった。

プールとサウナがついている2階建てで、どこの場所を切り取っても惚れぼれする内装である。バリの民藝品がセンスよく置いてあり、多少背伸びしても泊まる価値があるホテルだ。目の前には、念願だったジャングルと田園風景が広がっている。私はしばらくここでスケッチをすることにした。旅とスケッチは、相性がいい。

午後になって美術館へ向かった。ネカ美術館といい、バリ絵画の歴史の流れが分かりやすく、時代順に丁寧に展示されている。神話的な宗教画から近代的な抽象画まで揃っている。遠近感の違和感がどの絵にもあり、それが神秘性を生み出しているように感じる。

ルソーのシュールな絵の構図とバリの画家たちの絵はどこか似てるものがあった。シュピースが彼らに惹かれたのが分かる。彼と現地の画家たちはここで食卓を囲みながら一緒に絵を描いたり、この地で生活をしていたのだろうか。神々と共にこのジャングルで暮らしていたバリ島の人びとは、欧州の文化を初めて知ったときどう思ったのだろうか。その後シュピースは、ウブドの王族と深く交流し、その支援を受けてバリ島の文化芸術活動の中心人物になったという。

バリヤンとの出会い

ウブドでは、ジャングルを見ること以外にもやりたいことがもうひとつあった。
バリには、バリ・ヒンドゥー教における伝統的な治療師であり、霊的な導き手でもある「バリヤン」と呼ばれる存在がいる。私は随分と前に、ある映画で彼らの存在を知り、今回の旅では必ず会おうと決めていた。友人からお勧めのバリヤンの電話番号を聞いていたので、さっそく予約をとった。

バリヤンのいる「SIWA LINGGAM TEMPLE」というお寺に着くと、花の入った聖水と7つの石や色々なアイテムが置かれている机の前に通された。バリヤンは、男性で名前はグルさんというらしい。ずっとニコニコしている柔らかい雰囲気をもつかわいいおじさんだ。なんとか耳を澄ませてインドネシア語訛りの英語を聞き取ると、5色の花は、色ごとに意味をもち方角を示す。それをパンチャ・ワルナというようで、場を清めると同時に神や精霊を迎えるための準備となるそうだ。
 
グルさんに自分の名前と生年月日を伝えると何やら紙に書いて「母を大事にし身体に気をつけていれば何事もうまくいく」と言った。その後白い布にその場で着替え、祈りと花の入った聖水を頭から掛けてもらって儀式は終わった。

夜のジャングルと体を取り戻した私。

帰り道、ウブドの子供や大人たちが至るところで凧揚げをしていた。
見上げると凧が米粒のように小さく空を舞っている。あれはどれぐらい高く飛ぶのだろうか。凧揚げをしていた男の子たちのもとに駆け寄って近くで凧と糸を見せてもらうと、結構しっかり作られていて自転車ほどの大きさがある。少し凧揚げに参加させてもらったが、危うく飛ばされてしまうほどの力だ。物凄い引力。昨日、空を見ながら沢山の鳥が飛んでいると思ったのは、この凧たちだったのだ。

凧はインドネシア語で「ラヤンラヤン」といい、感謝の象徴で稲刈り後に行い神への感謝や祈りを風に乗せて捧げるのだと目鼻立ちがキリッとした少年がカタコトの英語で教えてくれた。バリ島の夏の風物詩を現地の彼らとできたのは、うれしい出来事だった。

ジャングル

翌朝、私はコーヒーを飲みながらウブドのホテルから目の前に広がるジャングルを眺める。
また今日も凧が揚がっている。昨日の男の子たちだろうか。目の前に広がる不規則に生えるヤシの木を見ていると、私がどの位置でその木々を見ているのかわからなくなる遠近感を失う奇妙さがある。なんだか吸い込まれそうな力だ。

この遠近感がおかしくなっていく違和感はアンリ・ルソーの絵にも感じることで、私が彼の絵に惹かれる理由だった。彼は想像でジャングルを描き上げている、しかし今目の前に広がっているジャングルもまったくアンリ・ルソーの絵のようだ。ほんとうのジャングルを見たって、目では追いきれない、想像を触発されるものがある。
 
知らない土地に行くということは、自分が今何を求めているのかがわかる。自分の輪郭が出てきて私が私でいることができる。こんな毎日を東京で送れたらいいなと思う反面、これが旅に行きたくなる理由なのだと思った。

とんだ勘違いから始まったバリ旅行を皮切りに、旅先で描いたスケッチやメモ、写真やコラージュを文章と共に、旅と、アートと、作家たちの足跡と、私が目にしたもの耳にしたものが交差する連載をスタートさせたいと思う。どうぞ皆様宜しくお願いします。

昼のジャングル。

バリを思い出しながらつくっていたコラージュ。

Karin’s Picks!

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Contemporary Art Gallery / DalamSeniman, Ubud.

ウブドの街を歩いていたら見つけたコーヒーショップに併設されたギャラリー。SNSを見たら定期的に現代のアーティストの展示をやっていておもしろそうだった。

Instagram | @Contemporary Art Gallery

 

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Terracotta Restaurant Ubudo

田園風景の中に突然現れたオープンパビリオン型のレストラン。

Instagram | @Terracotta Restaurant Ubudo

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WarungYess

チャングーのホテルの近くにあったローカルなレストラン。いろんなおかずがあってそこから選んでプレートにしてくれる。安くて美味しい。

Instagram | @WarungYess

Profile

花梨(かりん)

●コラージュアーティスト、モデル、俳優。10代の頃からコラージュ作品をつくりはじめる。個展をひらいたり、国内外の雑誌や音楽のCDジャケットにアートワークを提供している。映画『大阪古着日和』ではヒロイン役を演じるなど、活動の幅を広げている。

 

●コラージュアーティスト、モデル、俳優。10代の頃からコラージュ作品をつくりはじめる。個展をひらいたり、国内外の雑誌や音楽のCDジャケットにアートワークを提供している。映画『大阪古着日和』ではヒロイン役を演じるなど、活動の幅を広げている。

 

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