連載:NIPPONの国立公園
National Parks of Japan.
連載:NIPPONの国立公園
TRAVEL & THINK EARTH
2024.10.31
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北アルプス一帯を占め、中部山岳国立公園の一部である、立山連峰。現在は多くの人で賑わう立山だが、山岳信仰の代表的な場所として長く、男たちの修行の場であった。そんな中部山岳国立公園を巡った旅を、前編「極楽浄土を目指した人びと」、後編「立山の信仰世界と近代化」に分けてお届けします。
Photo : Yusuke Abe(YARD)
Text:Nobuko Sugawara(TRANSIT) Supported by THE NORTH FACE
2020年9月の4連休。立山連峰を一望できる雷鳥沢キャンプ場の大混雑の様子はSNSで話題となり、ニュースにもなった。当時の東京都の感染者数は1日に100 ~300 人あたり。三密を避けよという大号令の反動もあり、多くの人たちが自然を求めて立山だけでなく筑波山や白馬などへ向かった。
1年後、感染者の数はひと桁増え、常態化した緊急事態宣言下で観光産業の困難は山小屋にも及んでいる。海外、とくにアジア圏の観光客が多かった立山で、8月、天狗平山荘の客数はコロナ禍前と比べると20%ほどともいう。
立山が人気なのは乗り物を乗り継ぎ、山の絶景にアクセスできるところにある。立山駅からケーブルカーに乗り、終点・美女平からは観光バス「立山黒部アルペンルート」が2450m地点の室堂まで連れていってくれる。室堂から立山連峰の絶景を楽しみつつ、45分ほど歩けば雷鳥沢キャンプ場。ハードな登山をせずとも、気軽に自然を満喫できる絶好の場所なのだ。
このように人気観光地として知られる立山だが、ここが「霊山」だと知っている人はどれほどいるだろうか。自分もそうと知らずに3年前に一度登ったことがある。雷鳥沢キャンプ場から別山、大汝山と歩き、雄山神社を参拝した。神社で手ぬぐいを購入したものの、稜線の美しさのほうが印象的であった。
日本には代々、山や川、草や木々に神が宿るというアニミズムがある。山里や平野で生活する人びとに恵みをもたらす動物や植物、水は、山に住む神が与えてくれるものと信じられていた。また、祖霊がすむ場所、死者の魂が集まるあの世ともされ、山を拝む習慣もあった。奈良時代に仏教が伝来したことで自然観は少し変化し、山は、仏の世界にいたる修行の場となる。現代は室堂平までバスで容易にいたることができる道のりを、奈良、平安時代から江戸時代まで、人びとは自らの足で頂上を目指したのだ。
立山が霊山とされたのは、こんな言い伝えから始まっている。
701 年、文武天皇の夢に阿弥陀如来が現れ、佐伯有若に騒乱のなかにある越中をおさめさせれば、平和で豊かな国になるだろうと告げられた。文武天皇はすぐに佐伯有若に、越中へと向かうよう命じた。ある日、有若の息子、有頼(ありより)が、父の大切な白鷹を逃してしまう。必死に探し無事見つけたが、突然大きなクマが現われ、驚いた有頼は矢を放つ。矢が刺さったまま逃げるクマを追いかけて、玉殿の岩屋という洞窟の中に入った有頼は、胸から血を流した阿弥陀如来を見た。
阿弥陀如来はこう言った。「わたしは、善悪をわからせ、苦しみから抜けだし悟りをひらくように立山に浄土と地獄をあらわした。しかしいまだに登ってくるものがない。そこでクマに姿を変えて、お前を導き出したのだ。立山への道をひらき、人びとをこの立山へ登らせ、仏道を成就させてほしい」。有頼は、下山して僧侶になり、立山をひらいた─。
これが、多くの修行者を迎えるようになった霊山・立山の開山物語である。
本記事はTRANSIT53号より再編集してお届けしました。
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