第1〜3代/1948-1960
李承晩(イ・スンマン)
アメリカで教育を受け、日本統治時代も国外で過ごす。不正選挙を平然と行い四選を果たすものの、失脚後、亡命。
©TRANSIT42
2022年5月10日、第20代韓国大統領に尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が就任。2017年3月まで大統領を務めた第18代朴槿恵(パク・クネ)大統領以来、5年ぶりの保守政権が発足した。
南北問題、民主化、日韓関係......。 韓国社会の運命を左右してきた歴代大統領たち。 彼らはいったいどんな政治を行ってきたのか? これまでの歴代韓国大統領を振り返りながら、現代韓国の歩みをいま一度見つめてみる。
"声を上げる国民"とよばれ、政治や社会問題を自分ゴトに捉える韓国の人びとのお茶の間では、ひょっとしたらこんな会話が繰り広げられているかも? 祖父(90歳)と孫(40歳)の妄想討論会スタート。
text : TAKASHI SAKURAI / supervisor : KYUNGSOO RHA
*『TRANSIT42号 韓国・北朝鮮』(2018年)より再編集。
祖父:1948年に大韓民国が生まれて、もう70年以上も経ったのか。
孫:そうですね。お爺さんにとって初代大統領の李承晩という人物はどんな存在なんですか?
祖父:ワシら世代からすると、やはり李承晩は「建国の父」というイメージじゃな。
アメリカで教育を受け、日本統治時代も国外で過ごす。不正選挙を平然と行い四選を果たすものの、失脚後、亡命。
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孫:朝鮮独立と国家建設のためにいろいろと活動したことはもちろん評価すべきだと思い ます。でも朝鮮戦争で北朝鮮がソウルまで押し寄せたとき、国民をほっぽって逃げたという じゃないですか。しかも不正選挙もしていたし。
祖父:たしかにあの選挙はやり方が汚かった。それが原因で学生や市民のデモが起きて、結果、大統領を辞めることになったしなぁ。
孫:お爺さんは、朴正煕に関しては結構、肯定的ですよね。
独裁政権を敷き、韓国歴代大統領のなかでも最長の在任期間。1950年代前半の朝鮮戦争後から90年代後半のIMF通貨危機までの約半世紀にわたる経済発展「漢江の奇跡」で国を牽引。一方で弾圧も強烈で国民を苦しめた。在任中に暗殺された。
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祖父:うむ。あの当時は本当に国が貧しかった。それこそ「パンを取るか、自由を取るか」という言葉が生まれるくらいに。そんな韓国を豊かにしたのが朴正煕。「漢江の奇跡」はお前も知っているだろう?
孫:たしかに大変貧しかった当時の韓国経済を立て直したことは認めますけど、やっぱり食べられるようになったら、次は自由がほしくなる。だから彼の独裁に反発するかのように民主化運動が激化しましたね。
祖父:最終的には朴正煕は暗殺される。その黒幕はいまだによく分かっていないというのも不気味な話じゃな。
孫:民主化への期待がありつつも、結局、次も軍事政権だった。全斗煥、この人は酷い。
祖父:同感。この人は酷い。
「5・17クーデター」によって、崔圭夏(チェ・ギュハ)から大統領の座を奪う。その後、全斗煥の軍事政権による弾圧に、学生と市民の怒りが爆発。1980年5月に大規模な民衆蜂起「光州事件」が勃発。これに対して国は軍を出動。大量の死傷者を出した。韓国では「5・18光州民主化運動」と呼ぶ。光州事件では学生デモ隊に軍隊を差し向け、実弾射撃を許可したことが問われている。
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孫:光州事件が酷すぎます。
祖父:まったくな。年齢的にそこまで当時の学生運動に共感していたワケではないが、あの事件で若い命が軍によって奪われたのは痛ましい話じゃよ。
孫:しかも報道なども規制されていて、しばらく国民に隠してたっていうじゃありませんか。しかも退任後には大量の不正蓄財疑惑も。
祖父:大統領になってはいけない男だったな。功績といえそうなのは1988年のソウル五輪を誘致したことくらいか。
孫:開催されたのは盧泰愚になってからですけどね。
祖父:盧泰愚か。全斗煥の陸軍士官学校時代の同期だろう?
第6共和国以降、初の直接選挙で選ばれた大統領だが、全斗煥の後押しが大きかったとも。 当選すると、恩があるはずの全斗煥を山寺へ押し込んだ。韓国建国以降、朝鮮戦争や冷戦など、旧ソ連と中国と韓国の間は緊張状態にあったが、旧ソ連とは1990年、中国とは1992年 に外交関係を樹立。「北方外交」に力を入れて、社会主義諸国との関係改善を果たした。
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孫:光州事件にもかかわっていますしね。同じ軍部の人間ではありますが、外交関係はよくやったんじゃないかとも思いますよ。
祖父:「北方外交」か。旧ソ連や中国と国交を結んだのはたしかに大きかったな。ただあまり存在感のある男ではなかったな。
孫:色のない”水”大統領なんて呼ばれてますね。そいて全斗煥につづいて不正蓄財が発覚……。金泳三になって初めての文民政権が誕生しましたね。
ようやく念願の文民政権が誕生。しかし経済面では、1997年に財政破綻の危機を迎え、これに対してIMFが資金支援を約束。その影響で公的企業の民営化、韓国第2のコングロマリット「大宇財閥」の解体などが起きた。民主化には貢献したが大統領としては……。
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祖父:それを成し遂げたという意味では評価できる。ただ国を動かす大統領としてはちょっと……という面もあったな。事実上、「IMF通貨危機」で韓国の財政は破綻したからな。世界中から援助してもらって助かった反面、恥ずかしさもあった。
孫:しかも自分はクリーンなイメージで売ってたのに、家族や側近が不正蓄財……。
祖父:国があんな状況だったのに、呆れてモノが言えんわい。
孫:金大中はやっぱりヒーロー感がありますよね。通貨危機からの回復や外交手腕。あの手この手で危機的状況の韓国を立て直した。
民主化運動のリーダーとして活動しつづけ、たびたび暗殺工作に遭ったり、軟禁・逮捕されたり、日米に亡命しながら政治活動をしていたことも。長年の結果が実を結んで大統領に。2000年には、南北分断後初めて北朝鮮の金正日総書記と南北首脳会談を行う。その功績によりノーベル平和賞を受賞。日本併合時代に日本語教育を受けていたり、日本滞在歴が長かったため、日本語を話すことができた。
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祖父:南北首脳会談も実現したしのう。韓国人初のノーベル賞も受賞。
孫:先見の明もありましたよね。彼が行った積極的なITへの取り組みは、今の韓国の発展にも繫がっていますね。
祖父:「日韓共同宣言」もお前ら若い世代にはうれしかったんじゃないか?
孫:そうですね。1998年に小渕恵三首相と金大中大統領とで宣言したんだから、もう20年以上も前のことか。2002年FIFA W杯の日韓共同開催や若者文化の交流も一気に進んで、政治以外にも成果がありましたね。日本の大衆文化がようやく韓国にも入ってきて、アニメや映画なんか夢中になりましたよ。逆もまたしかり。『冬のソナタ』とか韓流ドラマが日本で大ウケしていると聞いたときは誇らしかった。
祖父:全羅道(チョルラド)出身で大統領になったのも立派じゃったな。
孫:韓国は地域の繫がりがものすごく強いですからね。政治的に弱いとされていた南部の全羅道生まれで大統領にまでなったのは、純粋に金大中の強さですね。しかし残念ながら息子3人が不正を……。本人でないとはいえ、ヤレヤレですね。
祖父:盧武鉉の悲しい事件もあるからな。
庶民派で若い層からの人気を集め、穴馬的に大統領に就任。任期終了後、親族の不正資金疑惑が発覚し、自宅の裏山から投身自殺した。
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孫:あの大統領は若者にも人気があったのに。インターネットを介した選挙活動がはじまったこともあって、ネットユーザーからの支持もあった。でも親族の不正が発覚して、盧武鉉も取り調べを受けて。
祖父:おそらく彼自身は潔白だったんじゃろうな。自分の道徳感にプライドがあったから、それゆえに自殺という極端な選択をしてしまったのかもしれんな。
孫:国中が衝撃を受けましたね。
祖父:次の李明博には、結構、期待していたんだがのう。
孫:高麗大学出身で、いちサラリーマンから韓国大企業のトップまで上り詰めた超エリートですからね。ソウル市長としての実績もあったし期待感はかなりのものでした。
大阪生まれ。日本敗戦直後に父親の故郷の韓国へ引き上げて、苦学して高麗大学に入る。韓国のトップ企業・現代建設を草創期から支え、36歳で社長、40代で会長に就任。「経済大統領」として期待が大きかったが、振るわず。
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祖父:2008年以降のリーマン・ショックの影響も大きかったんじゃろうが、経済に対する期待が大きかった分、失望に変わるのも早かったな。
孫:そして不正で実刑判決。もはやお決まりのパターンですね……。
祖父:次は……朴槿恵か。朴正煕の娘。あれは彼女自身の能力というより、政界に棲みついている朴正煕信者の後押しが大きかった。李明博が期待していたほどの成果をあげなかったから、「漢江の奇跡」を起こした、朴正煕の血統に懸けてしまったのだ。
韓国初の女性大統領。朴正煕の長女。在任中に収賄の罪に問われ、国中から「罷免せよ」との声が。22年の実刑が確定して収監されていたが、体調不良もあり、政府の特赦で2021年に釈放された。
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孫:初の女性大統領であると同時に、弾劾裁判によって初めて罷免された現役大統領にもなってしまった。ぼくもキャンドル・デモに参加しましたよ。大統領の罷免自体は国として恥ずかしいことですが、民衆の力で国を変えられるんだという意識は芽生えました。
祖父:こうやって振り返ってみると、韓国の大統領というのはなかなか複雑。
孫:みんな功罪両方あわせもっていますね。立場や世代によっても評価が分かれるでしょうし。
祖父:朴槿恵の後、クリーンな政治を掲げて就任したのが文在寅。人がよすぎる感じが心配だったが。
孫:2018年には北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談して、11年ぶりに南北首脳会談が実現させた。対北外交に注力していた印象がありますね。新型コロナウィルスに対しても、医療崩壊を起こさず、死者数も抑えて、まずまずの対応。国民支持率は安定してよかった。
北朝鮮からの避難民の子どもとして韓国で育つ。大学時代は朴正煕政権に反対する民主化運動に参加。のちに弁護士となる。政界に入ると、盧武鉉政権で側近として活躍。穏やかな人柄から若者層を中心に国民からの人気は高かった。
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祖父:そして尹錫悦でひさびさの保守政権に。韓国はどんな社会になっていくかな……ムニャ、ムニャ。
孫:あ、お爺さん、しゃべり疲れて寝ちゃったか。
ソウル生まれ。韓国における二大政党のひとつ、保守政党「国民の力」に所属。元検事で、朴槿恵氏の不正疑惑を捜査した特別検察官の捜査チーム長だった。対北に注力していた文大統領と比べ、日韓問題の改善も期待される。2020年、2021年のGDP(名目国内総生産)は世界第10位。アジアでも世界でも存在感を増しつつある韓国の今後の舵取りが気になるところ。
学習院女子大学国際コミュニケーション学科准教授
羅 京洙(ラ・キョンス)
訳書に金浩鎮著『韓国歴代大統領 とリーダーシップ』(柘植書房新社/小針進との共訳)がある。
訳書に金浩鎮著『韓国歴代大統領 とリーダーシップ』(柘植書房新社/小針進との共訳)がある。