連載:NIPPONの国立公園

碧の海の島なみわたる

National Parks of Japan.

連載:NIPPONの国立公園

瀬戸内海国立公園(前編)
碧の海の島なみわたる

TRAVEL & THINK EARTH

2025.02.03

10 min read

大河のように揺蕩う碧の波間から、新緑に包まれた島々が顔を出す。
海と島がひとつづきになった青緑色の世界がどこまでもつづく。
次はどの島に行こうか─。広島から愛媛まで、瀬戸内の海をめぐった。


瀬戸内海への旅を前編「瀬戸内の海は何色?」、後編「ひと粒ひと粒の島の暮らし」に分けてお届けします。

Photo : Masaru Furuya

Text:Maki Tsuga(TRANSIT)

ひと目見ればそれとわかる。
尾道にある古本屋〈弐拾dB(にじゅうでしべる)〉で店主の藤井基二さんと話をしているときに、彼がぽつりと言った。藤井さんは友人と一緒に自費出版で『雑居雑感』という雑誌を発行しているのだけれど、そこに書かれた瀬戸内の島々の話が好きで、旅のはじめにお店に立ち寄ったのだ。そんな話の流れででてきたのが、冒頭の言葉だった。
 
「色が違う。瀬戸内の海はみどりなんです」
太平洋の深い青とも、日本海の黒々とした青とも、沖縄の海のような彩度の高いブルーとも違う。瀬戸内の海は、水中に森があるんじゃないかと思うような密度の濃い翡翠色をしているのだ。水深が浅くてプランクトンが育ちやすいことがその要因だというのは、あとで調べてわかったことだ。

尾道の古本屋〈弐拾dB〉は、平日は23時オープン。暗がりのなか、店主の藤井基二さんと立ち話をする。

「音も違う。造船所から聞こえる金属音も、僕にとっては尾道の海なんですよね」と藤井さんが話をつづける。たしかに尾道をはじめ瀬戸内の沿岸には造船所が多い。あちらの岸ではこのパーツ、こちらの島ではこのパーツといった具合に、瀬戸内一帯が巨大な工場のようになっている。街の中心部はすっかり護岸整備されて、波の音はしない。造船工場のクレーンが立ち並び、渡船が行き交う。多島の地形を生かした複雑な海上都市は、ひとつの地層のようにそこに在って、人間の逞しさに感心してしまうほどだ。
 
藤井さんから瀬戸内に暮らす幾人かを教えてもらって、尾道をあとにした。

自転車でいく海の道。

「コンニチワ!」サイクリストとすれ違うたびに互いに挨拶を交わす。 

翌日、尾道駅前でクロスバイクを借りる。以前、友人と車で広島から愛媛へわたって四国を一周したことがあった。広島の尾道と愛媛の今治を結ぶしまなみ海道は、空の上を走っているようで気持ちよく、いつまでもドライブしていたいくらいだった。そのとき車道の脇を走るサイクリストたちを見かけて、次は自転車旅をと思っていたのだ。本州から四国へわたる道は3つ。兵庫と徳島をつなぐ神戸淡路鳴門自動車道、岡山と香川をつなぐ瀬戸中央自動車道、そして広島と愛媛をつなぐ西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)だ。そのうち、しまなみ海道だけが自転車、歩行者、原付きが通行できるのだ。
 
尾道から今治までの自転車ルートは約70㎞。自転車店のお兄さんから、並のスピードだったら1時間10㎞換算だと聞く。午前中に尾道を出発すれば夕方には今治に到達できる計算だが、1日で走り切るのはなかなかハードだという。一つひとつの島も気になるし、立ち寄りたい場所もある。しまなみ海道の真ん中にある生口島(いぐちじま)に宿をとって、あとは行けるところまで行こう。

尾道から向島まで船で渡る。練習試合から帰ってきた尾道の野球部員たちとすれ違う。

オレンジ色の中央線と並行して走る青い線が、サイクリストの道標になるブルーライン。「今治まで50㎞」とサインがあって心強い。

尾道から隣の向島(むかいしま)へは自転車が走れる橋もあるが、道幅が狭いので地元の人は船に自転車を乗せてわたることが多い。それにならって、尾道駅前のフェリー乗り場で向島行きの列に並ぶ。
 
10分と待たずに、向こう岸から船がくる。船は満員御礼で、部活帰りの高校生たちが自転車を押して一斉に下船する。船が空っぽになると今度は私たちが乗り込む。尾道─向島間の船は5~10分毎に運行していて、船賃は100円。地元の人にとって、船は電車やバス感覚なのかもしれない。
 
5分ほど船に揺られて、向島に上陸。さっそく自転車に跨り、ケータイのGoogle Mapsを開いて目的地に生口島と入力する。困ったことに、車と徒歩のルートはでてくるけれど自転車ルートがでてこない。徒歩ルートと道路標識を見比べつつ走り出すと、そのうちに車道脇に引かれた青い線を見つける。ブルーラインと呼ばれるこの線が、尾道から今治までの推奨サイクリングルートを示すサインなのだ。ブルーラインに従って自転車を走らせていると、しばらくして目の前に海が見えてきた。手の届きそうなところに島々が連なる。潮風が背中を押してくれるようで気持ちいい。

急坂の車道脇にときどき現れる緩やかな坂道。人気(ひとけ)はなく、時折自転車がすれ違う、静かで気持ちのいい道。

橋の洗礼。

最初の10㎞ほどは快適なすべりだしだったが、因島(いんのしま)にわたる手前で愕然とする。
足元のブルーラインが、はるか頭上の因島大橋へ迎えと示しているのだ。傾斜3%、1㎞の坂道。緩やかだけれど、自転車でちょっとした山登りをするようなものだ。一緒に取材に来ていた写真家の古谷さんは根っからのサイクリストなので、坂道も慣れたもの。むしろこうした上り坂がいいのだという。「ギアを軽くして、一歩一歩踏みだすように右、左とハンドルを切ると進みますよ」と助言を残し、爽やかな汗を流しながらぐいぐい上っていく。もしかして島をわたるたびに、このアップダウンがあるのか……。
 
車でしまなみ海道を通ったときは高架化された高速道路で今治まで一直線に走り抜けたのでわからなかったのだが、自転車ルートは、島内は一般道を走り、島から島へわたるときは高架の橋を通行するため坂道を上らなければならないのだ。さらには大粒の雨も降り出す始末。パソコン、カメラ、雑誌、着替えが詰まったバックパックの中身を思い浮かべて荷物を減らせないかと思案するけれど、置いていけるものなどなにもない。

サンフルーツ、はるか、なつみ、タロッコ……。道の駅に並ぶ種々の柑橘が渇きを癒やしてくれる。

橋を2つ越えて20㎞走ったところで、ようやく生口島の瀬戸田の宿にたどり着いた。レインコートを着ていたものの、靴の中までぐっしょり。
 
ひとまずチェックインをすませて、町の銭湯へ向かう。すでに太ももは筋肉痛で足元が覚束ないし、なによりお尻と肩が痛い。満身創痍で熱いお湯に浸かる。湯けむりのなか、昼間の風景を反芻する。巨大な橋の内部を通りすぎたり、柑橘畑を横切るときにレモンの花の香りを嗅いだり、道の駅で買った蜜柑やはっさく大福でエネルギーチャージしたり。辛いことは辛い。が、やっぱり自転車旅でよかったかもしれない。

赤みをおびた砂浜と青緑色の瀬戸内の海。しまなみ海道はこうした風景が延々とつづく。

本記事はTRANSIT64号より再編集してお届けしました。

Information

日本の国立公園

北から南まで、日本に散らばる国立公園をTRANSIT編集部が旅した連載です。
日本の国立公園について知りたい、旅したいと思ったら、こちらも参考に。

01

TRaNSIT STORE 購入する?

ABOUT
Photo by

Yayoi Arimoto

NEWSLETTERS 編集後記やイベント情報を定期的にお届け!