アメリカ大陸で生まれたカカオ豆が、海を渡り、かたちを変えて、世界中でチョコレートが食べられるようになった今。ショコラティエたちは自分のチョコレートづくりを求めて、再び産地に還る。ビーントゥバーのつくり手たちに、旅の話を訊いた。
リトアニア生まれの〈Chocolate Naive〉は、故郷リトアニアと産地の赤道を主題にした実験的なチョコレートをつくりだしているファクトリーだ。主宰のドマンタス・ウジュパリスさんに、チョコレートと旅についてインタビューをした。
Photo : Masafumi Sanai, Chocolate Naive
Text:Maki Tsuga(TRANSIT)
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〈Chocolate Naive〉に最初に出合ったのは、リトアニアの暮らしの道具を扱う〈LTshop〉でのこと。オーナーの松田沙織さんから、食べるときっとびっくりしますよ、と聞いて「PORCINI」をひとつ買ってみた。
家に帰ってひと口。たしかに「驚き」という言葉がぴったりで、チョコレートからほのかにポルチーニの香りがして、キノコ入りのカカオポタージュを飲んでいるよう。食べながら味覚を試されているようなところがあって、味や香りを探索していく感じ。ひと口ごとに風景が広がるような楽しさが詰まっている。そこからはお気に入りの味をリピートしたり、毎年の新作を楽しみにしていた。
いったいこのチョコレートはどこからやってくるのだろう? 「サロン・デュ・ショコラ」で来日していた〈Chocolate Naive〉を主宰するドマンタス・ウジュパリスさんに話を訊いた。
上/来日中のドマンタス・ウジュパリスさん。
下/「BLACK SAUNA」のパッケージを開けるとユーカリの葉が。「最近入れてみてるんだ」と茶目っ気をみせるドマンタスさん。
© Masafumi Sanai
TRANSIT編集部……T
Domantas Uzpalis……Domantas
T
Laba diena(ラバ ディエナ)! ようこそ日本へ。
Domantas
こんにちは!今年で日本に来るのは10年目ですね。いつも「サロン・デュ・ショコラ」に合わせて日本に1月に来ているんです。
T
ドマンタスさんはいつから〈Chocolate Naive〉をはじめたのですか?
Domantas
2015年頃からですね。今はリトアニアの首都ヴィリニュス(Vilnius)に工房兼店舗があるのですが、最初は湖のほとりにある小さな町・ギエドライチャイ(Giedraiciai)の自宅のガレージでチョコレートづくりをはじめました。
独学で、YouTubeを見たり、チョコレート仲間の話を聞いたり、カカオ豆の産地へ行って少量で豆を買いながら……。15年前は小規模生産用の機械もなくて、自分で機械をカスタマイズしていましたね。最初は一人でチョコレートづくりをしていて、今ではスタッフに手伝ってもらう工程もありますが、それでもカカオ豆の焙煎は私が変わらずやっています。
© Masafumi Sanai
T
〈Chocolate Naive〉をはじめる前はどんなことをしていたのですか?
Domantas
もともとITと都市計画の仕事をしていて、ロンドンで働いている時期もありました。ただ、2008年にリーマンショックがおきて、仕事への影響が大きくて、働き方を考えるきっかけになったんです。このまま同じ仕事をつづけるか、まったく違うことをはじめるかを考えていて、食の仕事を選びました。
T
もともと食の仕事でもなく、独学であの味に到達できるなんて……! なぜチョコレートを選んだのですか?
Domantas
ほかにも気になるものはありました。ワインもいいと思ったけどほかにやっている人がいた。チーズもいいと思って羊を飼うところから考えたけど……。
あるとき、友人からカカオ90%近い高濃度の〈Lindt(リンツ)〉のチョコレートバーをもらったんです。それがこれまで食べて見知っていた〈Lindt〉とはまったく別物で、チョコレートでこんなことができるんだって衝撃を受けました。そのときリトアニアでチョコレートをやっている人がいなかったので、これを自分ではじめてみたいと思ったんです。
© Masafumi Sanai
T
〈Chocolate Naive〉にはいくつかのコレクションがありますよね。
故郷リトアニアを主題にした「FORAGER(フォレジャー)」、カカオ豆の産地である熱帯をテーマにした「EQUATOR(エクエイター)」、希少品種のカカオ豆を使用したシングルオリジンの「NANO_LOT(ナノロット)」、カカオ豆の健康的な作用を探る「MOLECULES(モレキュールズ)」……。どれも個々のストーリーがあって、おいしくておもしろい 。
リトアニアのコレクション「FORAGER」は、“採集者”という意味とぴったりですね。「PORCINI」「KEFIR」「FOREST BERRIES」「BLACK SAUNA」は、リトアニアの森や食卓の風景が浮かびます。
© Chocolate Naive
Domantas
全部、リトアニアの日常にあるものですね。ケフィアは毎朝飲んでいるものですし、秋は森にキノコ採りに行きます。
ちなみに「FORAGER」のひとつ「BLACK SAUNA」は、実際にサウナでカカオ豆を燻製しているんですよ。毎回、サウナ協会の友人のサウナ室を借りて作業しています。人の汗を感じてしょっぱいかもしれません。といっても、チョコレートに食塩や白樺の香料も入れていますが(笑)。
T
「BLACK SAUNA」は、まさにチョコレートの奥にある味と香りを探求する感じ。都度、サウナ室でチョコレートづくりの作業をしているとなると個体差があるかもしれませんが、パッケージを開けたときに燻製っぽい香りを感じるときもあります。
ドマンタスさんが拠点にしているリトアニアの街は、どんなところですか?
Domantas
ちょうどヴィリニュスに新しく自社工房を建てたところなんです。各国のクラフトチョコレートメーカーを自社工房に招いて勉強会もしています。一般の人にも少人数からグループで工房見学とテイスティングを不定期で開催していますよ。入口にはお店もあるので、チョコレートを買うこともできます。
敷地内には庭を挟んで自宅があって、リトアニアのいろいろな品種のリンゴの木を植えたり、ツリーハウスをつくったり、庭づくりを楽しんでいます。盆栽にも興味があって、日本庭園も大きなインスピレーションになっています。工房と自宅に加えて、茶室のための小屋や、家族やゲストのための小さなサウナとプールもつくっているところです。
ヴィリニュスにある新しい工房。
© Chocolate Naive
T
カカオ豆はドマンタスさんが産地へ通って選んでいると思いますが、そうした旅にもつながる赤道をテーマにした「EQUATOR」もユニークですよね。
コーヒー豆を使った「FLAT WHITE」、南国フルーツの「DURIAN」などなど。とくに「COLA」は衝撃でした。スパイスの香りと微かに炭酸を感じて、クラフトコーラのようなヘルシーさもあるし、「これがコーラだ」と元来のコーラの姿にまで一気に遡るような。媒介役としてもチョコレートがしっかりハマっていて、チョコレートにそんな表現力があるんだなって驚きました。
© Chocolate Naive
Domantas
誰でも知っているものだけれど、チョコレートでは味わったことがない。そういうチョコレートをつくりたかったんです。コーラはもともと薬だったんですよね。1886年にアメリカのジョン・ペンバートン博士がつくったコーラのオリジナルレシピを再現して、チョコレートの「COLA」をつくっています。カカオ豆と同じようにテオブロミンを含むコーラの実、シナモン、カルダモン、コリアンダー、クローブ、レモンに、ダークチョコレートを合わせています。
チョコレートも同じように、本来は薬でした。原産地のメキシコや中南米では、カカオ豆にスパイスを混ぜて飲用されていました。今では、チョコレートもコーラも嗜好品として広まっていますよね。辿ってきた道が共通していると思って、「COLA」をつくりました。
© Masafumi Sanai
Domantas
その話にもつながってくるのですが、チョコレートをたくさん食べてほしいけど、健康にいい面とそうではない面がある。身体にいい作用をするチョコレートをつくれないかなと考えたりします。
T
そういう意味では、新作「HONEY&BEEPOLLEN」はコロンとした薬のような見た目もそうですが、一粒ひと粒食べるごとに元気になれそうな気がしました。ミツバチ花粉をくるんでいるんですね。ちょっとレーズンチョコレートのようだけど、はじめて感じた味でした。
© Masafumi Sanai
© Chocolate Naive
Domantas
ハチミツはリトアニアではお馴染みの食材ですが、ミツバチが集めたビーポーレンはパワーフードとして注目されていますよね。
T
希少品種のカカオ豆を使用したシングルオリジンの「NANO_LOT(ナノ ロット)」もありますが、実際、どんなカカオ豆の産地を訪れているんですか?
Domantas
エクアドル、コロンビア、メキシコ、ブラジル……などですね。実際に訪れてみると、生のカカオ豆の状態もそうですが、どんな人が畑をやっているのか、畑をきれいにしているかなどが見えてくるので、まずは信頼できそうな畑から少量のカカオ豆を買い取ってみます。
それからリトアニアの工房で試作して、仕上がりがよいとなったら商品用に注文します。生の実の状態でわかることもありますが、つくりたい味に合うかは、やっぱりつくってみないとわからないんですよね。
カカオ豆は原産地とされている北・中・南米だけでなく、アフリカやアジアでも生産されているけれど、ドマンタスさんが通っているのはアメリカ大陸が多いそう。「ドマンタスさんがアメリカ大陸に向かうのは、チョコレートの原点が気になるからかもしれませんね」と〈LTshop〉の松田さん。
© Masafumi Sanai
T
なぜ〈Chocolate Naive〉という名前にしたのですか?
Domantas
印象に残るようなちょっとおもしろい名前がよくて、「Silly Boy」もいいなと思っていたんだけど……。「Naive」という言葉には、ポジティブとネガティブの両方の意味がありますよね。繊細であることのよさと、一方で世間知らずというような部分と。誰しも起業したばかりのときはナイーブなものですよね。それにこの名前は、自分たちは正統派のコックコートを着てつくるようなチョコレートづくりとは違ったチョコレートをつくっていこう、という意志表明でもあるんです。
〈Chocolate Naive〉はチョコレートの繊細な味わいを感じてほしくて、典型的な四角いタブレットではなく有機的なかたちにしています。これは4型あるんですよ。本当は四角のほうがつくりやすくて効率がいいのですが、やわらかい口当たりも含めて味わってほしいから。
つくる工程も繊細な作業だけれど、つくってから食べる人の手元に届くまでもチョコレートは繊細です。壊れないように、溶けないように、味が変わらないようにしないとおいしく味わえない。すべてが揃ってはじめてチョコレートになるんです。
© Masafumi Sanai
リトアニアのガレージからはじまって、カカオ豆の産地に通い、また故郷に戻って自国の味も再解釈しながらチョコレートを届ける〈Chocolate Naive〉。チョコレートの世界を押し広げる旅はまだまだつづいていく。
Domantas Uzpalis(ドマンタス・ウジュパリス)
リトアニア生まれ。独学でチョコレートづくりをはじめて、〈Chocolate Naive〉を2020年に立ち上げる。
リトアニア生まれ。独学でチョコレートづくりをはじめて、〈Chocolate Naive〉を2020年に立ち上げる。
Chocolate Naive(チョコレートナイーブ)
2010 年にリトアニアで生まれたビーントゥバーのチョコレートブランド。リトアニアの食材をテーマにした「FORAGER」、カカオ豆産地の熱帯をテーマにした「EQUATOR(エクエイター)」、希少品種のカカオ豆を使用したシングルオリジンの「NANO_LOT」コレクションなど、実験的なチョコレートづくりをしている。
・「FORAGER(フォレジャー)」
採集者の意味。ナイーブの故郷リトアニアの食材をテーマにしたコレクション。KEFIR、PORCINI、AMBROSIA、BLACK SAUNAなどのチョコレートがある。
・「EQUATOR(エクエイター)」
赤道の意味。カカオ豆の産地である熱帯の食材をテーマにしたコレクション。
GOLDEN BERRY(ほおずき)、FLAT WHITE(ダークミルク)、DURIAN、COLA、CITRUS LICORICE、ROUGH GROUND(ハイカカオのダークチョコ)などがある。
・「NANO_LOT」
希少品種のカカオ豆を使用したシングルオリジンのコレクション。HACIENDA BETULIAは、コロンビアのクリオロ種のホワイトカカオを使用。
住所
HP
LTshop
リトアニアの器、カゴ、木工品などの民藝から、現地のデザイナーがつくった服、チョコレートや紅茶などの食材を扱うお店。松田沙織さんが主宰。それぞれヨーロッパとアジアの東端にあるリトアニアと日本の文化を結ぶ。東京・神宮前に店舗があり、オンラインショップも。実店舗の詳細な営業日や住所はInstagramから確認を。
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