居場所を探して、山へ、川へ。
モンベル代表・辰野勇さんインタビュー

月刊TRANSIT/辺境・秘境でキャンプしよう

居場所を探して、山へ、川へ。
モンベル代表・辰野勇さんインタビュー

TRAVEL&THINK EARTH

2025.05.15

5 min read

2025年で創業50周年を迎えた〈モンベル〉の創業者であり代表の辰野勇さん。 世界各地の山を登り川を下ってきた、登山家やカヌーイストとしても知られる辰野さんに、 キャンプの思い出、自然の中で過ごすことの醍醐味をきいた。

Photo : Yuko Shimada

Text:TRANSIT

「自分たちがほしいものを作る」

  • T

    辰野勇さんは、高校時代に山への情熱を高めていったとのことですが、初めての登山やキャンプの思い出を教えてください。

  • 辰野

    私は大阪の堺市出身なのですが、小学生の頃は登山ブームで、奈良との境にある金剛山へ行く学校登山というものがありました。でも私は体が弱かったので参加できなかった。それがとても悔しかったことを覚えています。中学生になりようやく体力がついてきて、友人たちと山登りに出かけられるようになりましたね。

     

    野外で寝泊まりをした原体験も、中学生の頃のことです。友だちを誘って近くの裏山で一晩を明かしました。もちろんちゃんとしたキャンプの道具はありません。食料を持って、布切れのようなものを木にひっかけてテント代わりにして。そういう時代でした。

  • T

    1975年、28歳で登山用品の開発・製造販売を目指し、フランス語の「Mont belle/美しい山」をもとに〈モンベル〉を創業されました。初めてのヒット商品となったのが、新素材の化学繊維を用いた寝袋だったそうですね。ウエアではなく最初に寝袋に注力をしたことが興味深いです。また、創業初期の1979年に開発された「ムーンライトテント」は、細部のブラッシュアップを重ねつつも、2025年の現在まで基本的な設計は変わってないそうですね。

  • 辰野

    高校生のときに教科書で読んだアイガー北壁初登頂記の『白い蜘蛛』に感銘を受け、いつかアイガー北壁を登りたいと考えるようになりました。高校2年生の夏には、単独で日本の北アルプス縦走に挑戦するなど、どっぷりと山の世界に足を踏み入れました。21歳のときには、当時としては最短時間・最年少でアイガー北壁を登頂しています。

     

    そうしたなかで、ウエアや野営の道具に「速乾性」が備わっている必要があるということは、身をもって体験していました。とくに山で一夜を過ごすわけですから、濡れてもあったかい、ということが重要なファクターなのです。

    さらに、「軽量でコンパクトである」ことも欠かせません。新素材の化学繊維を用いることで、従来よりも軽量でコンパクトかつ速乾性の高い寝袋を完成させることができました。

     

    〈モンベル〉のものづくりは、自分たちがほしいものを作る、というのが原点にあるのです。

写真提供:mont-bell

「野営をしなければ見られない景色がある」

  • T

    アイガー北壁登頂などの偉業を達成された後、1975年にカヤックを始められ、川の魅力にハマっていったそうですね。「新しい自分の居場所を見つけた気がした」という表現をされていたのが印象的です(『私の履歴書』より)。以降、世界各地の川でさまざまな冒険もされてきましたね。

    とくに印象に残っている川の冒険のエピソードがあれば教えてください。

  • 辰野

    北米のユーコンや中米コスタリカの熱帯雨林を流れる川、チベットのヤルツァンポ川の源流など、世界中の川をカヌーやカヤックで下ってきました。

    いずれの冒険も刺激的でしたが、とくに印象深いのは、北米グランドキャニオンを流れるコロラド川を3週間かけて下ったときのこと。期間が長いものですから、新月から満月まで、満天の星空を見上げることができました。24時間、自然の中にいるからこそ楽しめることですね。

  • T

    キャンプの醍醐味はどんなところにあるのでしょうか?

  • 辰野

    全長85kmの黒部川を源流部から河口まで、1987年から4年をかけてカヌーで下ったことがあります。黒部川は世界でも稀にみる急峻な川で、このときはテントを持たず、タープ(防水のシート)のみでした。

     

    近年は、冷蔵庫やコタツなんかを持ち込んでキャンプをする人も増えているようで、それらを否定するわけではありませんが、私にとっては、キャンプというのは目的ではなく、手段なのです。

     

    アイガー北壁での登攀の際には、断崖絶壁でビバーク(テントを用いずに野外で一夜を過ごすこと)をする必要がありましたし、日本のアルプスでも冬季に−20度のなか、西穂高岳の頂きに立つために屏風岩に吊り下がってツェルト(簡易的なテント)で寝たこともあります。

    野営をしなければ見られない景色があるから、キャンプをしているのです。

写真提供:mont-bell

「自然は人間本来の感性を気づかせてくれる」

  • T

    どうしても必要ではないけれど、あるとより充実した楽しいキャンプやアウトドア体験になる、という辰野さんならではのこだわりの道具があれば教えてください。

  • 辰野

    「アウトドア」というのは、日本語でいうところの野遊びです。私は長年、茶の湯に親しんでいるのですが、茶の湯には、屋外で茶をたてる野点(のだて)という文化があります。

     

    茶道には「みたて」という美意識があって、野っ原に赤い絨毯を敷いて、滝や山を掛け軸にみたて、海外の山で茶をたてることもあります。茶の湯は日本人の和の心を表すもの。人びとをもてなす気持ちと、自分自身が楽しみたいという思いで、〈モンベル〉でも、茶せん、茶杓、茶碗などがセットになった野点用の製品を作っています。今年は能登半島・輪島漆器を用いた器も開発しました。

     

    もうひとつは、笛です。野遊びの一環で、山でも川下りにも持参して演奏しています。自分で作った笛もあるんですよ。

写真提供:mont-bell

  • T

    辰野さんにとって、野営をしたり、自然の中で過ごすことで得られるもっとも大切なことは、いったいなんだと思いますか?

  • 辰野

    自然の中においては、動物も植物もヒトもみな平等だということです。自分自身の力で、自然の変化に対応していく必要があります。だからこそ、自然の中に身を置くことで、人間本来の感性に気づけるということではないでしょうか。

  • T

    最後にひとつ質問です。20万年前にアフリカに誕生した人類は、よりよい場所を求めて移動をつづけ、世界各地に広がり、現在の場所に定住するようになりました。辰野さんが、居住地を探しながら移動をしている時代の人類だったなら、どの地域に暮らしたいですか?

  • 辰野

    難しい質問ですね(笑)。今いる場所が心地いいと思っています。“居場所”ということでいえば、山の中が自分の居場所。

     

    私は人生とは、自分の景色と居場所探しの旅だと思っています。そして、その旅は、どこへ行くかはさほど重要ではありません。何を見たいかという好奇心、そして、誰と行くかも大切なのではないでしょうか。

Profile

辰野 勇

1947年、大阪・堺生まれ。登山家、冒険家、カヌーイスト。1975年、登山用品展メーカーとして株式会社モンベルを設立。現在モンベルグループ代表を務め、野外教育や自然環境保全、被災地支援、地方創生などの分野でも精力的な活動をつづけている。

1947年、大阪・堺生まれ。登山家、冒険家、カヌーイスト。1975年、登山用品展メーカーとして株式会社モンベルを設立。現在モンベルグループ代表を務め、野外教育や自然環境保全、被災地支援、地方創生などの分野でも精力的な活動をつづけている。

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Yayoi Arimoto

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