古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。 第13回は、16年前のインドへの旅の記憶を呼び覚ます、フィッシュカレーの味。
Photo : Jinke Bresson
Text:Jinsuke Mizuno
旅情を掻き立てられる季節というのは、人によって違う。僕の場合、年明けからの2カ月間に気持ちが最大化する。それは長年インドを旅しつづけてきた経験からくるものだ。
1、2月あたり、インドは旅しやすい時期を迎える。もっとも気温が低く、乾期で雨が少ないからだ。同じ理由からインド周辺諸国や東南アジア諸国にも旅したくなる。
ところが、不甲斐ないことに今年の1、2月はどこへも行く計画がない。こんな年は過去にあっただろうか。そういえば、インド自体、6年もの間、旅していない。インプットしたいテーマが変わったからだが、かつては10年以上毎年欠かさず通っていたインドにこんなにご無沙汰することになるとは思ってもみなかった。
古い写真を整理していると、2010年のインド旅のものがあった。東京スパイス番長という4人組(シャンカール・ノグチ、ナイル善己、メタ・バラッツ、水野仁輔)のインド料理探求集団で旅する「チャローインディア」というプロジェクトを始めた年だ。ムンバイに入り、ケーララ州のコチ、ティルバナンタプーラムを周った。目的は、現地でインド料理を作ることだった。
あの旅で僕は衝撃的なフィッシュカレーと出会ったことを今も鮮明に覚えている。コチに今もある〈グランドホテル〉というレストランでのこと。気になるメニューをざっと頼んだなかに紛れ込んでいた。気を抜いて口に運び、あまりのおいしさに黙りこくった。仲間たちもしばし沈黙した。当時の会話のメモがある。
シャンカールノグチ
ちょっとなんだ、このフィッシュカレー。すごくおいしい!
ナイル善己
ほんとだ、絶品。香りも味も何もかも違う。なんなんだろう。こういうの、俺どうして作れないんだろう。
シャンカールノグチ
いや、もうこのまま食べ歩いてるだけでいいんじゃない?こんなの出されちゃったらね。自分で作るのが、馬鹿みたいな気持ちになっちゃう。
ナイル善己
完敗です、完敗。僕の生きてきた35年を返してくれって感じだもん。
水野
なんでこの香りになったのか、何をしたらこうなるのか、わかんないね。タマリンドだってカレーリーフだって、日本でも使ってるもんね。魚の違い?
ナイル善己
ココナッツオイルをたくさん使ってるってのもあるのかな。日本で手に入るものとは違うんだよね、質が。
当時、コチのグランドホテルで食べたフィッシュカレー。
16年前のことである。あの頃の自分たちは若かったし、経験も実力も足りなかった。いまインドへ行ってあのフィッシュカレーを作ろうと思えば、きっと作れるだろう。ただそれを確かめることはできない。あのときの味を正確に覚えているわけではないし、レストランは業態を変え、味も変わってしまったようだ。
写真を見返していると、当時の旅でインプットしたことの数々が蘇ってくる。
マーケットのタマネギ屋さんの活気。インドの赤くて小さなタマネギは、香りが強く、加熱後に深みが出ることを体験した。
フレッシュリーフ売り場のおじさんは退屈そうだが、並んでいるハーブたちは生き生きとしている。
スパイスショップのカルダモンは、目が覚めるような緑色。量り売りのスパイスたちを大量に買い、現地で調理した。削りたてのココナッツの風味は格別。豆の種類の豊富さにも目を見張った。ざっと30種類以上は売られている。
町角の食堂でミールスを食べながら、手食についてメンバーと議論した。屋台のチャナマサラもパロタも絶品。赤いバナナが甘くてうまいこともあの旅で知ったし、立派なタマリンドを使えたこともかけがえのない体験だった。
当時の記録の締めくくりには、こんな言葉が書かれている。
「旅は即興、料理は余興。インドの旅は、偶然の積み重ねだ。ほっといても次々と新しい興味は沸き起こる。そんなインドにすっかり取り憑かれてしまったのだ」
またインドへ行きたくなってきた。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
記録写真家
ジンケ・ブレッソン
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。