便利なもので溢れる世の中において生まれる人間関係や社会のわだかまりなどの弊害やストレス。自分のやるべきこと、やりたいことが決まっていれば関係ないという強メンタルな意見もあるが、そんな人たちはごく一部しかいないと思う。ネット社会の現代では情報が飽和して善悪の判断が錯綜し自分にとっての幸せを見失いがち。そんなフラストレーションを一時だけでも離脱&解消すべく、私たちは2泊3日、スマートフォンやパソコン、ライフラインから離れた野営キャンプの計画を立てた。本当に大切な物事は何かを整理することで、人生を豊かにするためのヒントを探す旅だ。何と大層なと思うだろうが、ようは悩める30手前の男2人が「キャンプしようぜ」と言い出しただけの話である。
それでは「こじらせ男子の野営体験記 Day2」をどうぞ。
Photo : Kawai
Text:Atsuya Yamazaki
4月4日(金)晴
キャンプ地|千葉県富津市志駒
7:00、結露でテントの内側についた水滴が顔に垂れてきていることに気づき起床。重たい身体を起こすことなく幕の隙間から天気を確認。快晴。ついでに川井が起きていることも把握。やっと運が巡ってきたと晴れ晴れしい気分になっていたのも束の間、テント室内床面にうっすら水が張っていることを認識。地形が傾斜だったため、水の通り道になっていたことが原因だろう。シュラフはカバーをしていたから問題ないがマットはそこそこ水が染みていた。個人的には幸先の悪い2日目の幕開けとなった。重たい身体を起こして何事もなかったかのようにおはようの挨拶を交わす。テント内にはコーヒーの香りが漂い、川井は今日も優雅に佇む。
朝食は川井が作ってくれた。ハムとチーズをフランスパンで挟んだシンプルで間違えようがないサンドウィッチ。いざ実食。やっぱりおいしい。けど、フランスパンが思っていた3倍柔らかい。どうして……?そういえば、昨日の野営地に向かう道すがら、川井のザック外側のメッシュポケットで雨晒しになっていたことを思い出した。ずっと気になってはいたが旅人風で見栄えがいいからツッコまなかったことも思い出した。川井だって隙があるとホッとしながらコーヒーに口をつける。朝一番の濃いめブラックコーヒーは間違いなくおいしかった。
今日は拠点を変えてみることにした。移転場所は、第2候補だった渓谷が美しいエリアにした。早速移動の準備に取り掛かる。まずは、室内からシュラフと水が染みたエアーマットを取り出す。湿気を取るために天日干しをする必要がありそうだ。そして、びしょ濡れのテントは寿命なのか予想以上に濡れていたのでこちらも陽光に晒す。乾く間に本日のベース地の下見をすることにした。昨日の拠点探索中から気になっていた場所だが、改めて確認するとそこには格別の世界が広がっていた。木漏れ日が水面にゆらゆらと反射していて、真緑の藻に雨露がキラキラと輝いている光景は、ジブリの物語に紛れ込んだような錯覚にみまわれるほど美しかった。そういえば、事前リサーチによるとこの野営地では6月から7月にかけて蛍が見られるという情報もある。高千穂峡のようなこの場所で、蛍の灯りが見られるとしたらさぞかしきれいだろう。次は7月だね、なんて川井と約束をしようとしたが2人とも虫が苦手なので実現しないだろうと思い口には出さなかった。そろそろテントも乾いてきたことだろう。戻ってパッキングに取り掛かる。
それにしても今日は一転して暑いうえに湿度も高い。つまりヒルが現れる可能性があるということ。新しい宿は地面に落ち葉が広がっているからその下は要注意。一度きれいにはらってからテント設営の準備を進める。ヒルは一般的に日陰で湿った場所に生息するといわれているが、彼らを甘くみてはいけない。人が呼吸するときに出す二酸化炭素を感知して接近してくることがわかっている。それに加えて体温などの熱にも反応する。約1.5m〜2mの距離から感知できるため、葉っぱや石の陰だけでなく木枝から人を目がけて飛んでくる恐れもある。なんて厄介な生き物なのだろう。しかし、問題はない。我々はヒル対策を充分整えている。肌に塗るタイプとスプレータイプのヒル除けに加えて、Thermacell(サーマセル)も導入。ブヨ用の虫シールドだが、その他の害虫にも効果があり、広範囲で空間を守ってくれる。(有効範囲はブヨには直径1~2m、ユスリカには直径4~5m)。虫除けとは思えないスタイリッシュなデザインと重さ僅か150gという軽量で持ち運びのしやすさが特徴。ブタンガスカートリッジの最大持続時間は12時間に対して虫除けマットは1枚あたり最大4時間となっているため、連続して使うにはマットの交換をする必要があるが、火も煙もなく無臭なので、テント内で使用することもできるシロモノだ。
テントの設営が完了したので散歩がてら焚き木探しに出た。シラカバのような見た目をした樹が生い茂る林地を発見。枝と幹の色が同じだからこれはきっとダケカンバ。確かシラカバは幹が白くて枝が黒い。ダケカンバの樹皮はボロボロ剥がれやすく薄くて乾燥しているため、古くから着火材として使われていることをキャンプYouTuberから教えてもらった記憶がある。ただ、シーズンじゃないのか表皮が見つからない(後ほど調べてみると5月下旬から6月下旬の時期が剥がれやすいとのこと)。暗くなる前にさっさと次を当たる。20分ぐらい探したがあまりいい木がない。というか、前日の雨でいい木(乾いた木)があるはずがない。結局、拠点付近にあった木々で賄うことにした。
焚き火をする前に昼食をとる。昼食といっても朝ご飯がブランチ気味でお腹が空いていなかったので、川井のトマトパスタを少しおすそ分けしてもらうことにした。食後のドリンクにチャイも用意してくれた。唐辛子が入っていて少し辛かったから丁度よかったし、それを加味して注いでくれたのだろう。スマートな川井に慣れてきた自分が不甲斐ない。そんな話はさておき、川井のザック(Zimmer Built Pika Pack)は最大容量が35L。デイハイクからミニマムなテント泊用だが、カメラ2台とキャンプ道具諸々に丸2日間分の食材を詰め込むというパッキング能力にも驚かされた。
ようやく焚き火の準備に移る。川井が火を熾している間に枝でトング、ボトル缶で焚き火台を作ることにした。作るといってもそんな大層なことはしない。トングは少し水分を含んだ枝を折って切断部分をダクトテープで留めるだけ。あとは掴みやすくするために先端を削る。食材を取る場合は先を軽く炙ってあげると殺菌ができる。きれいに加工することができるならお箸にだってなる。至ってシンプルだが意外とこれが役に立つ。焚き火台も簡単。まずは缶の側面を切って燃料投下口を作る。そして、今回はトレック900(SnowPeak)を乗せるために上部もカット。完成。意外とこれは役に立たなかったがこの手間が楽しいという落とし所をつける。
焚き火も勢いを増し、あっという間に日も暮れてきたので夕飯の支度をする。今日も変わらず野菜炒めと昨晩の川井のお洒落な献立に対抗して炊きすぎた白米を食す。支度といっても野菜炒めも作りすぎていたので腐らせないように川で冷やしていたジップロックを救出して温めるぐらいの工程しかない。一方で川井の本日の晩飯はスパイスカレー。そして、カレーのお供には無印良品のナン。そこまで凝った料理ではないが無印というセレクトやスパイスというワードが都会的な雰囲気を生み出し、やっぱり自分のご飯が野暮ったい気がしてしまう。今日は対抗する余地がないので早々に白旗を挙げる。無印良品といえばレトルトのルーに注目がいきがちだが、ナンもおすすめと川井。材料は水と油があれば、あとは生地をこねてフライパンで焼くだけで完成。洗い物も少ないのでキャンプはもちろん、家で作るカレーの相方としても優秀。また、無印良品にはカレーのセットドリンク、ラッシーの手作りキットもあるとのことなのでカレー作りには無印良品がうってつけなのかもしれない。ちなみに、野菜炒めは途中具が足りなくなって白米に香味ペーストをかけて食べてみたが予想を遥かに上回る絶品だった。表面を少し焼いて味噌おにぎりのようにして食べるのも良さそうなのでみんなも試してみてほしい。
今日で2泊3日の野営キャンプも最後の夜になる。今回の旅はそこまで過酷な環境ではないため難儀な場面はなかったが、スマートフォンやパソコン、ライフラインから離れた生活ではさまざまな神経が研ぎ澄まされることで新しい発見や発想が生まれた。薪拾いから火おこし、自炊までこなすことで新たなスキルを身につけることができたし、風の音や川のせせらぎを聴いているだけで穏やかな気持ちにもなれた。なんて、いいように総括しているが、お酒を交わすなかで30手前男のちっぽけな悩みが一時的に解消されただけだ。でも、それでいい。恥ずかしいが初日より言葉数が数倍増えるぐらい2人の絆が深まったのだから。
写真家
川井景介
1996年12月11日(28歳)。バンド「オレンジスパイニクラブ」のベース、コーラスを担当。また、個人名義の「川井景介」ではMV監督やスチールを手がける。
1996年12月11日(28歳)。バンド「オレンジスパイニクラブ」のベース、コーラスを担当。また、個人名義の「川井景介」ではMV監督やスチールを手がける。
デザイナー
山崎敦也
1996年9月7日(28歳)。デザイナー。クリエイティブスタジオ「PAUSEE(パウジー)」のメンバー。
1996年9月7日(28歳)。デザイナー。クリエイティブスタジオ「PAUSEE(パウジー)」のメンバー。