山形・山形編
新旧・喫茶店にナチュラルワインのお店…
そこにいたのは、地元を選んだ人たち

月刊TRANSIT/東北の都へ!

山形・山形編
新旧・喫茶店にナチュラルワインのお店…
そこにいたのは、地元を選んだ人たち


TRAVEL&EAT

2025.09.24

5 min read

関西から上京して以来、毎年1県ずつ東北のどこかを旅している編集部の佐藤。向かうのは決まって9月のシルバーウィーク前後だ。暑さも落ち着き、秋の風に稲穂がそよぐこの季節は絶好の東北日和。そんな東北各地の人たちとの素敵な出会いを記録する。

はじまりは、山形県の山形市へ!コーヒーにナチュラルワインを楽しみつつ、地元の人に出会う旅。

Photo & Text : Keiko Sato(TRANSIT)

早々に山形の優しさに触れる。

山形県の山形市を旅先に選んだのは単純な理由だ。以前、岩手の盛岡を一緒に旅した友人と、また東北へ行こうという話になった。距離がそこそこ東京から離れていて、盛岡くらいの街の規模で、そんな理由で浮上したのが山形だった。決まっているのは、ナチュラルワインの人気店〈プルピエ〉に行くことのみ。縁も伝手もない、未開の地へと乗り込んだ。

だいたい前日か当日に予定を決める我ら。この日も乗る新幹線すら直前まで決まっておらず、東京ー山形直通の「つばさ」は昼過ぎまで全席指定で満席だったため、ひとまず仙台行きの東北新幹線「やまびこ」に乗り込んだ。

福島駅で山形行きのつばさに乗り換えるもまたもや満席だったので、仕方なくデッキでやり過ごす。狭小スペースのため、デッキに置かれていた持ち主不明の頑丈そうなスーツケースの上を拝借し、手荷物を置かせてもらうことにした。すると、途中駅でスーツケースの持ち主が荷物をピックアップしにやってきた。必死に弁解すると、「全然大丈夫ですよ。僕たちはもう降りるので、よければ席を使ってください」と、無断で自分のスーツケースの上に荷物をおいていたアカの他人にまさかの神対応。早くも山形県民の人柄のよさを思わせた(よい子は真似しないでください)。

多方面に魅力溢れる老舗食堂。

山形に着いたのはお昼どき。ひとまず街中をぶらついていると、「ピンとくる」外観の食堂を発見。地元民らしきおじいさんが暖簾をくぐったのを見て迷わずその後ろへつづく。

店の名は〈金長〉。入店と同時に目に飛び込んできたのは真っ黄色の旗と「阪神タイガース」の文字。関西出身で一応阪神ファンの我らは、どうやら山形の地でも「引き寄せ」たらしい。なんでも阪神・中野拓夢選手の出身地だそうで、サインらしきものもある。

店内には手書きの短冊メニューが並び、いかにも地元の食堂然としている。牛骨と野菜を煮込んで作る看板メニューのラーメンも、牛肉たっぷりの開花丼も文句なしのおいしさ。創業は明治中期で、100年以上の歴史があるという。

厨房を切り盛りしていたのは、三角巾のお母さんたち。「おいしかったです」とレジのお母さんに伝えると、お母さんは「おいしかったってー!」と厨房に向かって叫び、中からはまるでアイドルを目前にしたかのような「きゃー!」といういくつもの黄色い声が響いていた。歴史に甘んじない実直さに胸が熱くなる。

地域に新たな「場」をつくる。

街をぶらつき、パリの一角にありそうな喫茶店〈シャンソン物語〉でひと息ついて表に出ると、目の前にあったビルの看板の「洋傘のスズキ」の文字が目についた。古いビルの一階には、その書体とは印象の異なる木枠の扉がはめ込まれている。それは元洋傘店のビルを改装したコーヒー店〈BOTAcoffee〉。外観だけで心惹かれたけれど、今まさにコーヒーを飲んだばかりだったので保留にした。

思わず目をひく〈BOTAcoffee〉の外観。

後ろ髪引かれながら向かったのは〈やまがたクリエイティブシティセンターQ1〉。昭和2年竣工の山形市立第一小学校の旧校舎に、ショップやカフェ、ギャラリー、レンタルスペースが入居している。このときは山形ビエンナーレの会場にもなっており、展示を見ようと立ち寄った。

すると、廊下の一角に先ほどスルーしてきた〈BOTAcoffee〉の姉妹店が。しかもお店に立っていたのはオーナーの佐藤英人さんで、図らずともお店のことや山形のことについて伺うことに。
 

山形市が地元という佐藤さんは、地元の不動産会社に務めていた頃に「洋傘のスズキ」の物件に出合い、カフェをオープンすることを決意。「傘」に着想を得て、雨が滴る「ボタ」という店名を名づけたそう。料理人やアーティスト、クリエイターを招聘したイベントや展示なども開催し、街の人びとが集まる「場」としての役割も果たしている。そして、1店舗目のオープンから7年後、山形の新たな文化の集積地であるここ〈やまがたクリエイティブシティセンターQ1〉に2店舗目をオープンした。

2店舗を運営しながら店舗にも立ち、さらに自家焙煎も行う佐藤英人さん。

閉店間際に訪れたにもかかわらず、自身の想いや山形のおすすめまで私たちにたっぷり教えてくれた佐藤さん。この後、〈プルピエ〉を予約していると伝えると、太鼓判を押してくれた。

「地に足ついた」人びと。

念願の〈プルピエ〉は想像以上にピースフルなお店だった。地元山形をはじめ、日本各地やフランス、イタリア、オーストラリアなどのナチュラルワインが勢揃いし、爆盛りの前菜盛り合わせに鴨のロースト、しらすと大葉のペペロンチーノ、そしてシンプルながら深い感動を呼んだポテトフライまで料理はどれも絶品だ。

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また、常連さんであり山形で美容サロン〈HOLIC PARTS BEAUTY SALON〉を営む角田たまきさんとそのお母さんと隣り合わせて意気投合し、いつの間にかプルピエのオーナーの佐藤洋一郎さんも加わってトークは大盛り上がり。姐御肌のたまきさんに翌日鶴岡に行こうと思っている旨を伝えると、詳細なルートやレンタカーの場所、おすすめの蕎麦屋や温泉まで教えてくれた。その面倒見のよさには頭があがらない(初対面)。
 
プルピエの店主でありサービス担当の佐藤さんとシェフの武田悠さんは山形市が地元。佐藤さんは、上京後に輸入ワインの商社をへてUターン。武田さんは地元の飲食事業を手がける会社へ就職し、多ジャンルで調理の経験を積んだそう。一方のたまきさんも山形市が地元で、東京や大阪、神戸での経験をへて地元にサロンをオープンした。

佐藤洋一郎さん(右)と武田悠さん(中)をはじめ、スタッフの心地よい接客も人気店の理由。店名は、山形で食される雑草「ひょう」をフランス語で「プルピエ」と呼ぶことに由来。

〈BOTAcoffee〉の佐藤英人さんしかり、山形で出会ったのは「自分の居場所を自分で決めた」人たちだ。「地元だから」という理由ではなく、自分の意思で地元を選び、それぞれが自分にしかできない表現をつづけている。そして、自分の居場所を自分で決められる人たちは強い。自然とそんな感想が漏れた。

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Yayoi Arimoto

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