古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。
第11回は、今から15年ほど前、ドイツの「カリーヴルスト(カレーソーセージ)」を求めてベルリンを訪れたときのこと。
Photo : Jinke Bresson
Text:Jinsuke Mizuno
部屋を片づけていたら、懐かしい冊子が出てきた。タイトルは、『カレー・ソーセージの本』。2005年にドイツの出版社から発行されたものの和訳版である。
ドイツには「カリーヴルスト(カレーソーセージ)」があり、国民食のように愛されている。昔から有名な話だが、それを体感するために僕がベルリンを訪れたのは、15年ほど前のこと。今回は、そのときの記憶を少しだけ。
想像のなかのベルリンはどことなく物悲しい。それはきっとルー・リードのアルバム『ベルリン』のせい。稚拙な手掛かりから掴んだ未訪の街に対するイメージに翻弄されてはならない。ここでも僕はカレーを探すのだ。
ベルリンの西側、ベルリン動物園駅を降りて街をぐるりと歩いてみる。意外にも賑やかだ。大通りに面した広場があって、何やら人だかりができている。なんだろう。
近づいてみると一軒の屋台。もう少し近づいて、「あ!」と小さな声を上げてしまった。なんと、リストに挙げていたカリーヴルストの店〈ヴィッティーズ〉だったのだ。たくさんの人たちがひたすらスタンドテーブルでカリーヴルストを立ち食いしている。なんじゃこりゃ。
気を取りなおして歩きはじめる。空に向かってそびえ立つカイザーヴィルヘルム教会を正面にして視線を散らすと、屋台が5軒並んでいる。もしや……。予想通り、そのうち2軒がカリーヴルストの店である。
おいおいおい。声にならない声を心のなかで発しながらまた歩く。鉄道のガード下をくぐった先、どこからともなくカレーの匂い。あ、ここにもカリーヴルスト屋が。変な夢でも見ているんだろうか。
件の冊子によれば、カリーヴルストにはベルリン発祥説とハンブルク発祥説がある。僕が訪れたベルリンでは、ヘルタ・ホイヴァーという女性が1949年9月4日に屋台でメニュー化したのが最初といわれている。眼鏡をかけたモシャモシャ頭のおばちゃんは、12種類のスパイスとトマトを煮詰めてオリジナルソースを作った。一方でハンブルク説では、1947年にレナ・ブリュッカーという女性がイギリスから伝わったカレー粉を使って考案したそうだ。
今やこの料理は変幻自在にアレンジが広がっている。ソーセージの種類や加熱方法(焼くか茹でるかなど)を選べ、店ごとにオリジナルのケチャップ(ソース)もあれこれ開発されている。
たとえばイギリス人にとってのフィッシュアンドチップス、日本でいえば立ち食いそば。いや、それ以上に身近な存在なのかもしれない。どの店も一様にソーセージの上にケチャップをドバドバとかけるのに驚いた。その上に負けじとカレー粉をふりかける。フォークを滑らせてソーセージについたケチャップを落としながら口に運ぶ。味はうまいが喉が渇くから、ビールやコーラに手が伸びた。
ベルリンでは、なんと「ドイツ・カリーブルスト博物館(German Currywurst Museum)」なるものまで見つけてしまった(残念ながら現在は閉館)。
館内にはカリーヴルスト専用ケチャップのレシピがいくつも公開されていたりして、僕はこの料理について博士のように詳しくなった。地元のスーパーへ行けばカレーケチャップなんて商品も販売されている。なんて国だ! やれやれと頭を掻きながら僕はまた次の屋台へ並んだのである。
後日、帰国後にとあるドイツ出身の友人を自宅に招いたことがある。僕は洒落でオリジナルカリーヴルストを作って食べさせた。そのドイツ人は、ひと口食べて目を丸くし、「君は今すぐドイツに行くべきだ。たちまちドイツで一番有名なカリー・ヴルスト屋になれるよ」と絶賛。聞けば彼はカリーヴルストがドイツで親しまれていることには少し否定的。「あんなジャンクなものを喜んで食べる人たちなんて」とあきれ顔だった。ドイツ人ならみな大好き、というわけではなさそうなのがまた興味深い。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
記録写真家
ジンケ・ブレッソン
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。