水野仁輔のカレーの旅、スパイスの謎。
vol.2 ジャマイカ
「あのジャークチキンをもう一度」

水野仁輔のカレーの旅、スパイスの謎。
vol.2 ジャマイカ
「あのジャークチキンをもう一度」

People: 水野仁輔

TRAVEL&LEARN&EAT

2025.03.15

4 min read

古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。

第2回はアフリカやヨーロッパ、インド等の文化が入り混じるジャマイカで出合った「スイートウッド」について。

Photo : Jinke Bresson

Text:Jinsuke Mizuno

ジャマイカの空港に降り立ったのは、夜の帳が下りたあとだった。旅慣れているつもりでも、決して治安がいいわけではないだけに緊張する。ゲストハウスから迎えに来た車に乗り、キングストンの夜道の屋台へ。暗がりに白煙がモクモクと立ち上っている。車のドアを開けた瞬間、スモーキーで期待通りの香りがアタック。
 
強めの街頭に横倒しのドラム缶がふたつ、照らし出されている。上半分に取っ手がつき、蓋のように開閉できる。網で焼かれた鶏肉は闇夜に黒光りし、宝箱に詰め込まれた鉱石のようだ。

ドラム缶の中で焼かれるパンチキン。

「ムネ肉? モモ肉?」。
 
「モモ」と答えると、焼きあがった骨付きモモ肉をテーブルに乗せ、鉈のように巨大な包丁でドンドンドンドン!4回たたいて5ピースに切りわけた。ケチャップを添え、ホットチリソースをかけて包み込む。ビールとともに持ち帰り、包みを開けると歓迎の香りが放たれた。
 
あの日の日記を読み返すと「この味を超えるジャークチキンはないんだろうなぁ」とある。その認識が誤りだったと実感するのに、そう時間はかからなかった。

翌朝、時差ボケでぼんやりした頭を抱えて庭に出る。従業員のおじさんが掃除をしている。「グッドモーニング!」と目いっぱい軽やかに挨拶すると、彼はあまり表情を崩さず、低音で「ヤーマン」と返してくれた。おお、リアル“ヤーマン”。うれしくなって僕も小さな声で「ヤーマン」と言い返した。
 
外を少し歩く。たったそれだけでドキドキしている僕は、やはりビビりである。街の景色は穏やかで、ラスタカラーの印象とはだいぶ違う。色鉛筆で丁寧に描かれた風景画のよう。木々の緑も空の青も消しゴムで強くこすれば消えてしまいそうなほど優しい色合いだ。

バジルを手にするおじさん。

ジャマイカ名物カリーゴート(ヤギのカレー)。

市場のスパイス屋。

市場には野菜もたくさん売られている。

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あのドラム缶方式のチキンを僕はジャークチキンだと思い込んでいた。スパイスでマリネした鶏肉を焼く。スモーキーな香りをまとった鶏肉は、ジャマイカを代表する料理。独特の香りを生み出すスパイスの配合を知りたいと、この地を踏んだ。ところが、ドラム缶式の料理は正確には「パンチキン」と呼ばれているものらしい。正真正銘のジャークチキンはスイートウッドでスモークをする必要があるそうだ。
 
スイートウッドとは、カリブ海エリアでなければ自生しないピメント(オールスパイス)の枝のことをいう。燻すと甘い香りがする。その実が、「ナツメグとクローブ、シナモン」の香りを併せ持つことから「すべてのスパイス」という名がついた。
 
ジャークチキン専門店のアウトドアスペースを覗くと、トタン板を敷き詰めた場所がある。焼いたチキンを燻しているという。「ちょっとだけ」とジェスチャーでお願いしたら、数秒間だけ板が取り払われた。寝起きの子どもがベッドから滑り出るように、白い燻煙が揺らめく。息を吸い込むと想像以上に甘く香ばしい。
 
その後に口にしたジャークチキンの風味は、忘れられない。ああ、これがジャークチキンなのか。「この味を超えるジャークチキン」にこんなにもすぐに出合ってしまうとは思わなかった。

トタン板をオープン!

スイートウッドでスモークがされた、正真正銘の、ジャークチキン。

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ジャークチキンのマリネには、ジャマイカ料理を代表する「3種の神器」が使われる。スキャリオン(長ネギ)、タイムの葉、スコッチボニート(唐辛子)である。どれもフレッシュで特有の香りがある。このほか、ドライスパイスでは、オールスパイス、ブラックペッパー、パプリカ、ナツメグ、シナモンなどが配合されている。
 
ただそれより大事なのは、スイートウッドを使ってスモークすることだ。これがジャークチキンをジャークチキンとして仕上げるための最重要プロセスとなる。ほかの地で育たないオールスパイスの木の枝をわざわざスモーク用に輸入している例を僕は知らない。
 
あのスイートな風味をもう一度、と思ったらまたこの地を訪れるしか方法はなさそうだ。それこそが旅の醍醐味であることは言うまでもない。

Profile

水野仁輔(みずの・じんすけ)

1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャー世に広めている。

1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャー世に広めている。

Profile

記録写真家

ジンケ・ブレッソン

学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。

 

学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。

 

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Yayoi Arimoto

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