古代より重宝されてきた香辛料は、シルクロードや海をわたり世界地図を広げ、各地で個性豊かな食文化を拓いてきた。この連載は、カレー&スパイスにまつわる著作や活動で知られる水野仁輔さんの、飽くなき探究心が導いた、世界を旅した記録と記憶である。
第14回は、カレーの学校の生徒に教えてもらったラオスの幻のピンクカレーを探しに。
Photo : Jinke Bresson
Text:Jinsuke Mizuno
世の中にピンク色のカレーがあると知ったのは、8年ほど前。「カレーの学校」で授業をしているときだった。世界のカレーを巡る話で生徒さんが教えてくれた。「ラオスにピンクカレーっていうのがあるらしいんです」。ネットを検索して得た情報だという。
きっとラオスのどこかには存在するのだろう。でもこの目で見てみるまでは納得できない。ひねくれた性格のせいで、生まれて初めてラオスの地を踏んだ。ピンクカレーがあるという古都・ルアンパバーンである。
ホテルにチェックインし、早速ボーイに尋ねてみる。「CURRY」と文字に書いて見せると、彼は首をかしげた。
「聞いたことがありません。これって、食べ物のことですか?」
ピンク色かどうかはともかく、この国でまずはカレーを食べてみようと思ったのだ。ところが彼の反応は、「カレーってなんですか?」と言っているようなものだった。食べ物である認識すらない。心に雲が立ち込め、僕は暗い気持ちになった。
たったひと言が少々遠回りな探求道の始まりを告げた。気を取り直して市場へ向かうことにした。出国前、ピンクカレーについて手にしていた手掛かりは、「パルーム」という言葉だった。どうやらパルーム(=ナマズ)が関係しているらしい。
「パルーム」、「パルーム」、「パルームは知らんかね~?」
市場内を駆けずり回ったが、一向に伝わらない。検索したピンクカレーの写真を見せると、少しだけ扉が開いた。
「ああ、ソムカイパーのことね。それならあるわ」
ソムカイパーとは、パルームの卵を使った発酵調味料でショッキングピンク色をしている。ベリーを混ぜて作っているようだ。およそ食べ物とは思えないピンク色をしたジェル状の塊。袋に入れてもらい、手に提げて市場を出た。
向かったのは、ピンクカレーの写真が撮影されたと思しきレストラン。
「この写真は確かにうちのものだが、調理はできないよ。材料が手に入らないからね」
にべもなく断るスタッフに僕はカバンからピンク色のブツを取り出して見せた。すると彼は目を丸くして女性シェフのリューリーを連れて来た。ピンクカレーを作ってくれるという。僕は彼女について調理場へ入った。
ココナッツミルクと一緒にソムカイパーを煮ると美しいピンク色が鍋中に広がる。メインの具は豚肉、ソースは優しくまろやかで、酸味と甘みのバランスが程よい初体験の味。料理名は「リーン・ソム・ムー」と言うそうだ。
「これはタイカレーとは違う、ラオスのカレーなの」
リューリーは胸を張った。
東南アジアでカレーといえば、圧倒的にメジャーなのはタイの「ゲーン」である。ラオスにもその影響を受けたかのようなカレーが存在するが、「それとこれは別」というプライドを彼女の言動から感じ取った。
思いがけぬレッスンによって僕はいつの間にか“ピンクカレームード”に引き込まれた。一息つこうと、国際線で手にして以来、カバンにしまったままだった機内誌を開いてみると、偶然にもピンクカレーの記事が掲載されているではないか。そんなメジャーな料理ではないはずなのに。
情報をもとにリゾートホテルを訪れた。ワケを話すとエリアスというスウェーデン人オーナーが、熱っぽく語ってくれた。
レシピは1940年頃の資料をベースにしている。失われてしまったルアンパバーン王国の王宮料理をフランス人シェフがひそかに復刻させた。だから、今はこの地でリーン・ソム・ムーを知る住民はほとんどいないのだ、と。
ラオスにピンクカレーは実在した。いつか完全復活する日がやってくるといいなと思う。
その国の食文化は諸事情によって生まれたり消えたりする。ひょんなことから別の国の人が復刻させ、守り伝えることだってある。噂を耳にしてのこのこと駆けつけた僕が遭遇する偶然もありうるのだ。いつもそうラッキーなことばかりではないけれど。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
1974年、静岡県生まれ。幼少期に地元・浜松にあったインドカレー専門店〈ボンベイ〉の味に出合ってから、スパイスの虜に。自ら料理をつくり、本を執筆し、イベントを企画して、スパイスとカレーにまつわるおいしく楽しいカルチャーを世に広めている。
記録写真家
ジンケ・ブレッソン
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。
学生時代、バックパックで訪れたパリで写真に目覚める。以後、ライフワークである世界各地への旅にカメラを携え、記録をつづけている。