本誌のモンゴル特集でゴビやカラコルム周辺の取材をすることになった私は、渡航前、Google Mapsを眺めてはうろたえていた。
どこをビューしてみても、360°何もない風景ばかりが出てくる。しかし、どこまでもつづくモンゴルの大地と広い青空が、私を呼んでいる。これまで旅といえばおしとやかな街ばかりを選んできたが、自分の耐久力を試したい気持ちにもなり、遊牧民のゲルに寝泊まりしながらゴビを旅するあえてワイルドなプランを立てた。風呂には入れるのか、ゲルで眠れるのだろうか、果たして私は生還できるのか。
編集部が記した、TRANSITモンゴル特集の取材裏話その1をどうぞ。
Photo &Text:Ono Haruka(TRANSIT)
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旅程|ウランバートル〜バガ・ガザリン・チョロー〜ヨリーン・アム渓谷(約650 km、車で8時間)
朝6時半、ウランバートルのホテルを出発。旅のメンバーは、写真家の柏田テツヲさん、ガイドのトゥル、ドライバーのアンカ、そして私の4名。私以外は全員男性なので心強い。
大都会のウランバートルから車で30分も走ると、一本道に出る。時折、馬や羊がゆっくり道路を横断していく。脇には建設途中の建物や、プレハブ小屋のように使われているゲルが見える。
最初の目的地は、バガ・ガザリン・チョロー(Baga Gazariin Chuluu)。本誌では紙幅が足りず紹介しきれなかったが、奇岩や古代の人が描いた岩の絵があるということで行ってみたかったのだ。
ウランバートルを南下し2〜3時間経ったところで舗装された道路を外れ、オフロードへ出た。地面にはこぶし大の石が混じっていて、四駆の三菱デリカは豪快にガタガタ揺れる。思わずバックパックを手繰り寄せ、酔い止め薬を取り出し口に放り込む。
牛が道路を渡っていく様子。
我らが相棒の三菱デリカ。
やがていよいよ揺れすぎて笑っちゃうくらいの岩場に来た。USJにこんなアトラクションがあったような気がする。私があまりにも笑うので、トゥルが引いている。馬に取り囲まれたりしながら約40分走り到着。
バガ・ガザリン・チョローに着くと、高さ5mほどの花崗岩の奇岩群が出迎えてくれた。人気(ひとけ)がまったくないが、ゲルがあるので遊牧民が住んでいるようだ。どこからか、山羊の群れが現れた。岩塩を舐めながら、岩を登り下りして移動している。夢中になって山羊を追いかけているうちに岩のてっぺんまで辿り着いた。
そこで見たのは、気の遠くなるほどどこまでもつづく平地と、岩、そして、導かれるわけでもないのに秩序を保ちながら粛々と移動する山羊たちの群れ。わずかな風と、山羊が大地を踏み締める音のほかには何も聞こえない。ここで私はモンゴルに、ゴビにすっかり魅了されてしまったのだった。後に訪れるヨーリン・アム渓谷やホンゴル砂丘、バヤンザグも、そんな圧倒的な静寂との対峙の連続だった。
バガ・カザリン・チョローの岩に登って。
詳しい時代は不明だが、何世紀も前に描かれた岩の絵。
初日に宿泊したのは「ゲルホテル」と呼ばれる施設だ。ホテルといってもベッドとテーブル、椅子があるだけのシンプルなゲルが5棟と、共用のシャワーとトイレがあるという簡素なもの。遊牧民の方が運営しているという。人生で初めて入るゲルは想像以上に堅牢で、乾いた風が吹きすさぶ外とは対照的な安心感がある。鮮やかな内装もあいまって、まったく違う世界に足を踏み入れたようだ。シャワーは湯が出ず、早速オフロード旅の洗礼を浴びることになる。途中で寄った街のスーパーで買った弁当をみんなで食べ、この日はさっさと就寝。
オフシーズンのため、1人1棟のゲルを使わせてもらえることに。
中はこんな感じ。
「ゲルホテル」の近くには大抵このような共用トイレとシャワーがあるが、湯が出る保証はない。
旅程|ヨリーン・アム渓谷〜ホンゴル砂丘(約200 km、車で3~4時間)
今日は、昨日行けなかったヨリーン・アム渓谷(Yolyn Am)へ。200〜300mの崖が切り立ち、その間を流れる川は春でも凍っているという渓谷だ。モンゴルの馬は、競馬などや映画の戦のシーンなどでイメージする馬と比べると小柄。よく躾られており、運動神経の悪い私でも簡単に乗ることができた。
次にホンゴル砂丘(Khongoryn Els)に向かい、そばのラクダ飼いの家族を訪ねる。宿の主は留守にしており、隣人の遊牧民ツォグツォルマさんの家庭でもてなしを受けた。実際に人が暮らすゲルにはテレビやタンス、仏壇、洗面台があり、ますます外とは別世界の生活感があった。チベット仏教の影響を受けているらしき鮮やかな内装はどこも共通のようだ。
宿泊したのは母屋とは別に建てられた宿泊者用ゲルで、昨日泊まったところと似たようなものだった。てっきり母屋でご家族のみなさんと寝ることになると思っていたが、こうした来客用のゲルを用意してくださっているのだ。風呂はない。遊牧民の人たちは、街に用事ができたときについでに公共シャワーを浴びているのだという。空気が乾燥しているので、確かにそれで十分かも、と思う。
今日の夜ご飯はスーパーで買った材料でアンカが作ってくれたモンゴル版焼きうどん「ツォイワン」。具材の肉はラクダ。牛肉に似ていて、甘辛い味つけでおいしい。
この日は一晩中風が強く、ゲルの中にいてもものすごい轟音がしていたが、それでもゲルがびくともしないことに驚いた。ほぼ木の枠とフェルトしか使っていないのに、こんなに丈夫な構造を発明した遊牧民の知恵に畏れ入る。
馬で行く、ヨリーン・アム渓谷。
朝起きてゲルを出ると近隣で飼われている人懐っこい牧畜犬の仔犬がしっぽを振っていた。
昼食は街のレストランで。
伝統料理の餃子や肉まんに似た「ボーズ」は肉汁たっぷりでおいしい!
ホンゴル砂丘の手前は岩場で、今回の旅でもトップクラスに揺れた場所。
ゲルの中央にはストーブ兼コンロがついている。
来客用のゲルにもついていたので、今夜は自炊。
旅程|ホンゴル砂丘からバヤンザグ(約200 km、車で3~4時間)
今日は朝から、昨日天気が悪く撮影できなかったホンゴル砂丘にリベンジ。しかし、風速40 kmの強風で頂上までは到達できなかった。いつかリベンジしたいと思う。
ホンゴル砂丘の撮影を終え、バヤンザグ(Bayanzag)に向かう。元は海だったといわれる崖の群で、恐竜の化石が見つかったことで有名な場所だ。しかしその道のりはいよいよ、遠くに山さえない地平線がひたすらつづく。
「小野さん、トイレに行きますか?」後部座席でボーッとしている私にトゥルが助手席から声をかける。見渡してももちろん何もない。「天然のトイレです」。女性である私のために、身を隠せそうな段差のある場所を見繕ってくれたようだ。かなり抵抗があったが、思い切って一度してしまえば爽やかな風に尻を撫でなれる感覚がくせになり、なかないいものである。狭い汲み取り式トイレに比べれば、臭くも不潔でもない。
途中、砂場にタイヤがスタックしたりしながら、バヤンザグに到着。
バヤンザグ周辺では、レトロなデザインのバンをよく見かけた。ロシア製だそうで、ツアーガイドたちの間ではパワーのあるロシア製の車か、壊れにくい日本製の車で好みが分かれるらしい。かわいいと思って呑気に写真を撮っていたが、後日これに乗ってとんでもない目に遭うことをこのときの私は知る由もない。
宿は今日も遊牧民にお世話になる。遊牧民に住所はなく、道や目印になるようなものもない。トゥルが電話で「木が1本あるから、そこを左へ進め」というような指示をもらいながら、道なき道を行く。
ずっとこんな風景がつづく。
ブリキのおもちゃみたいなバン。
お世話になったバッニャムさん一家。
山羊たちを小屋に戻す様子を撮影させてもらった。
Geru Travel Mongolia
今回のオフロード旅をガイドしてくれたのはGeru Travel Mongoliaのトゥルさん。
gurutravelmongoliaは日本人旅行者向けに、手頃な価格でオーダーメイドのモンゴルの旅のプランを提供してくれる旅行会社です。みなさんもぜひ、Geru Travel Mongoliaと一緒に自分の理想のモンゴル旅を作ってみては。
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